大武神社(丹波市春日町鹿場)〈『延喜式』芹田神社〉

大武神社(おおたけじんじゃ)は 『特選神名牒〈明治9年(1876)〉』に延喜式内社 丹波國 氷上郡 芹田神社(せりたの かみのやしろ)の論社として「鹿場村は大武神社と稱し 社地の字を芹田伊森と云ひ 延寶七年山検地帳に字芹田とありて 神供田とするのみ 其他證とすべきものなし」と式内社の論社として挙げています

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目次

1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(Shrine name)】

大武神社(Otake shrine

【通称名(Common name)】

【鎮座地 (Location) 】

兵庫県丹波市春日町 鹿場(かんば)106

【地 図 (Google Map)】

【御祭神 (God's name to pray)】

《主》建御雷之男命(たけみすづちのをのみこと)

《配》受母智神(うけもちのかみ)〈明治42年(1909)合祀 稲荷神社〉
   伊邪那美命(いざなみのみこと)〈明治42年(1909)合祀 熊野神社〉
   建御名方命(たけみなかたのみこと)

【御神徳 (God's great power)】(ご利益)

【格 式 (Rules of dignity) 】

・『延喜式神名帳engishiki jimmeicho 927 AD.所載社

【創 建 (Beginning of history)】

大武神社

 古くは大梵天王社と称していた

 鹿場には昔から四つのお宮さんがあって、下地地区の「諏訪神社」・中地地区の「稲荷神社」浦下大崎地区の「熊野神社」を明治42年5月に大武神社に合祀

このうち、稲荷神社の社殿は新築の立派なもので、牛の守り神として有名な船城の天王さんに小宮の社として移築された

三尾城城主 赤井幸家の祈願所でもあり下地にあったといわれる「円福寺」の大きな釣り鐘が今の大武神社に移されたが、太平洋戦争の際、金属の強制供出に協力した
 現在の社殿は大正10年に完成

丹波市春日町 鹿場(かんば)の説明板より

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【由 緒 (History)】

由 緒

 創立年不詳。
 明治6年(1873)、村社に列せられる。
 明治42年(1909)、稲荷神社・熊野神社を合祀。

2008 兵庫県神社庁HPより
https://www.hyogo-jinjacho.com/data/6308173.html

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【神社の境内 (Precincts of the shrine)】

大武神社 本殿

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・〈本殿向かって左〉境内社

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・〈本殿前〉狛犬(阿)・後方に石祠一宇

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・〈本殿前〉狛犬(吽)

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・神門・社務所

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・鳥居

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・社頭

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【神社の境外 (Outside the shrine grounds)】

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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています

〇『風土記(ふどき)』和銅6年(713)
 『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています

『風土記(ふどき)』和銅6年(713)の特徴について
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉

現存するものは全て写本です
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態

〇『六国史(りっこくし)』
  奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史の総称

・『日本書紀』養老4年(720)完成
『續日本紀』延暦16年(797)完成
『日本後紀』承和7年(840)完成
『續日本後紀』貞観11年(869)完成
『日本文徳天皇実録』元慶3年(879)完成
『日本三代實録』延喜元年(901)完成

〇『延喜式(えんぎしき)』延長5年(927)完成
  平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)全50巻 約3300条からなる

『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉

延喜式Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂
その中でも910を『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)といい 当時927年12月編纂「官社」に指定された全国の神社式内社の一覧となっています

「官社(式内社)」名称「2861
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」

[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)山陰道 560座…大37(うち預月次新嘗1)・小523

[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)丹波國 71座(大5座・小66座)

[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)氷上郡 17座(並小)

[名神大 大 小] 式内小社

[旧 神社 名称 ] 芹田神社
[ふ り が な ](せりたの かみのやしろ)
[Old Shrine name]Serita no kaminoyashiro

【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用

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【オタッキーポイント】This is the point that Otaku conveys.

あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

『延喜式神名帳927 AD.』に「せりたの かみのやしろ」と称する神社について

延喜式内社 丹波國 氷上郡 芹田神社(せりたの かみのやしろ)

・芹田神社(丹波市氷上町鴨内) 

・大武神社(丹波市春日町鹿場)

延喜式内社 出雲國 大原郡 西利太神社(せりたの かみのやしろ)

・西利太神社(雲南市大東町清田)

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【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

JR福知山線 黒井駅から県道69号経由で東へ約8.5km 車での所要時間は15~16分程度

当日は丹波篠山から県道97号経由で向かいました

12/9でしたが 残雪があり 驚きました

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途中 県道69号の分岐路に「くりから谷中分水界」の案内板があり 車を停めて

くりから谷中分水界(こくちゅうぶんすいかい)
河川争奪(かせんそうだつ)に見える不思議な水分(みくまり)の里

 栗柄は、三方を山で抱かた山間盆地の狭い平地で水田が開けていますが、この付近は、たいへん珍しい谷中分水界の地形を形成しています。

 右側の県道(丹南三和線)を2kmほど進むと、鼓(つづみ)峠の頂上に至ります。この鼓峠も日本海と瀬戸内海への分水界で、鼓峠から瀬戸内海側へ別れた水は「宮田川」(右側の河川)となり、篠山川、加古川を経て瀬戸内海へ注ぎます。

 正面の谷から流れる「杉ケ谷川」は、この辺りで宮田川と合流するがごく自然な形と思われますが、前方観音堂横で突如西へ折れ倶利伽羅不動の滝で4m近く落下し、滝の尻川、竹田川、由良川を経て日本海へ注ぐ不思議な谷中分水の地形となっています。

 約2万年前、河川争奪によって形成されたと言われるこの二つの川が、谷中の平地内で百数十米まで相寄り、しばらくは同じ方向に流れながら、突如方向を転じる地形は実に珍しく、しかも、二つの川が見通せる位置で、中央分水界の形状が目のあたりに観察できる希少な地であります。一つの地区に二つもの中央分水界があるというのも、またきわめて珍しいことです。

兵庫県多気郡西紀町

現地案内板より

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残雪がある県道69号を西へと進むと 青空ですが 辺りは暗く 山深い感じです

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春日町広瀬まで降りてくると 暗かったのは 山によって 太陽が遮られて 山蔭(やまかげ)になっていたことが分かりました 何となく「山陰地方」の意味がわかりました

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県道69号から 春日町鹿場(かんば)への道を北へ進むと社頭になります

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石垣の中央に石段があり 鳥居が建てられています

大武神社(丹波市春日町鹿場)に参着

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鳥居の扁額には「大武神社」とあり 一礼をしてから鳥居をくぐり抜けて境内へ進みます

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参道は 苔むしています

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神門があり 向って左手に社務所 奥の壇に境内社 正面に本殿  が祀られています

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殿にすすみます
手前には 手水舎があり 清めます

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お賽銭の投入は止めて下さい 賽銭の管理が出来ませんので ご協力をお願いします」と賽銭口に張り紙がありました 賽銭泥棒除けでしょうか?

お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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社殿に一礼をして境内を戻ります

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参道を戻ります

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神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承

式内社 芹田神社について 所在・祭神は詳らかでない と記しています

【抜粋意訳】

芹田神社

芹田は世利多と訓べし

○祭神在所詳ならず

類社
 出雲國大原郡 西利太神社

【原文参照】

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』下編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991015

『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容

式内社 芹田神社について 所在は゛ 鴨內村字宮谷にあり、゛〈現 芹田神社(丹波市氷上町鴨内)〉と記しています

【抜粋意訳】

芹田(セリタノ)神社、

 鴨內村字宮谷にあり、〔神社明細帳、豊岡縣式社取調書、

【原文参照】

栗田寛 著『神祇志料』第15−17巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815497

『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承

式内社 芹田神社について 所在は゛鴨内村字宮ノ谷(氷上郡幸世村大字鴨內)゛〈現 芹田神社(丹波市氷上町鴨内)〉と記しています

ただし゛本社所在 鹿場村と鴨内村にありと云ひて一定せず 鹿場村は大武神社と稱し 社地の字を芹田伊森と云ひ゛とあり〈現 大武神社(丹波市春日町鹿場)〉も論社として挙げています

【抜粋意訳】

芹田神社

祭神 芹田物部

 今按 祭神 芹田物部とあるは芹田神社の名によりて 二十五物部の內 芹田物部ならんとみだりに云出たる說なるべし

祭日 一月二十二日
社格 村社

所在 鴨内村字宮ノ谷(氷上郡幸世村大字鴨內)

 今按 本社所在 鹿場村と鴨内村にありと云ひて一定せず
鹿場村は大武神社と稱し 社地の字を芹田伊森と云ひ 延寶七年山検地帳に字芹田とありて 神供田とするのみ 其他證とすべきものなし
鴨内村の西南に セドの宮 と稱する大森あり 當社の舊趾なり 中古荒廃を以て 宮の谷に遷座 慶長八年 熊野社境内に遷座す 丹波志に芹田大明神 式内名神 鴨内村と記し 寛政二年棟札に奉再建 芹田大明神云々とみえ
 豊岡縣考案記に兩村 式社を争へども鴨内村正しかるべしと云り 故今之に従ふ

【原文参照】

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019

大武神社(丹波市春日町鹿場) (hai)」(90度のお辞儀)

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