延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)

玉祖神社(八尾市神立)

玉祖神社(たまのおやじんじゃ)は 和銅3年(710)周防国一之宮「玉祖神社」から分霊を勧請したもので 御祭神は櫛明玉命です 通称「高安明神」とも呼ばれていて 高安11ヶ村の氏神です 鎮座地は 生駒・信貴連山の中腹の高台にあり 社頭にある「大楠」から一望する 河内平野は絶景です

加茂神社跡(八尾市)

加茂神社跡(かもじんじゃあと)は 『延喜式神名帳』に『河内国 高安郡 鴨神社』とある式内社ですが 明治40年(1907)「玉祖神社(八尾市)」に合祀されました その後 大正12年 大竹地区の氏子が 旧社地に小祠を建て 御分神を奉祀して 現在にいたっています

伊古奈比咩命神社〈白浜神社〉(下田市白浜)

伊古奈比咩命神社(いこなひめのみことじんじゃ)は 三嶋大社の元宮とされ 神社の縁起に「この神 三宅島よりここに遷り 後更に 三島に遷座す」とあります 鎮座地 白浜海岸にある丘陵「火達山(ひたちやま)」は 古代から 伊豆半島から伊豆諸島に向けて神に祈り祀る祭祀遺跡で 祭神は伊豆諸島の開拓神「御島神=三嶋神」と その后神「伊古奈比咩命」が祀られます

左内神社(三島市中島)〈『延喜式』文梨神社・阿米都瀬氣多知命神社〉

左内神社(さないじんじゃ)は 三嶋大社の御門の守護神として 右内神社とともに下田街道の左右に祀られていました その旧鎮座地は゛手無゛と云い 手無にある「手無地蔵」は「式内社・文梨神社」の旧社地とも伝わり 更に通称名は「天地宮(あめつちみや)」と呼ばれ「式内社・阿米都瀬氣多知命神社」の論社との説もあります

右内神社(三島市梅名)〈『延喜式』伊波氐別命神社・阿米都瀬氣多知命神社〉

右内神社(うないじんじゃ)は 下田街道の左右に「左内神社」とともに 三嶋大社の御門守護神として 鎮座していたと伝わります 源頼朝公が伊豆に配流されていた頃 源氏再興を願い三嶋大社への参拝途上で 度々参詣したといわれています 『延喜式』伊波氐別命神社・阿米都瀬氣多知命神社の二つの式内社の論社となっています

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