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坐摩神社(大阪市中央区久太郎町)〈摂津國一之宮〉
坐摩神社(いかすりじんじゃ)は 摂津国一之宮として格式高く 大阪では最も古い神社の一つです 神功皇后が三韓征伐の帰途 淀川の河口に神託により神社を造営されたと伝わります 旧鎮座地は 天満橋南詰の「坐摩神社行宮」にありましたが 太閤秀吉の大阪城築城にともない遷座して 現在地 大阪商人の町「船場」に鎮座します
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砥鹿神社 里宮(豊川市一宮町)〈三河国一之宮〉
砥鹿神社 里宮(とがじんじゃ さとみや)は 約1300年前 大宝年中(701~704年)に本宮山の奥宮より分霊し 御祭神 大己貴命をお祀りしたのが 里宮の始まりと伝わります 社殿は荘厳な檜造りです また 摂社「三河えびす社」が並び建ち こちらには 本社の御子神「智徳の神・事代主命」と「体徳の神・建御名方命」を祀ります
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砥鹿神社 奧宮(豊川市上長山町)〈三河国一之宮〉
砥鹿神社 奧宮(とがじんじゃ おくみや)は 古くから「霊山」とされている海抜789mの本宮山の山頂近くに鎮座しています 1300年以上前には 麓にも社殿が造営されたと伝わり 山頂の社(yashiro)を奥宮 里の社殿を里宮(砥鹿神社)と称しています どちらも 三河国一之宮として 二所一体の崇敬をあつめています
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鳥海山大物忌神社(蕨岡口ノ宮)
鳥海山大物忌神社 蕨岡口ノ宮(ちょうかいざんおおものいみじんじゃ わらびおかくちのみや)は 出羽国一之宮として 鳥海山の山頂に 本社(奥宮)が鎮座し 麓の登山口は「口ノ宮」と呼ばれて「吹浦(fuku ra)」と「蕨岡(warabi oka)」の二ヶ所に里宮が鎮座しています 鳥海山大物忌神社(蕨岡口ノ宮)の創祀は 欽明天皇25年(1400年以上前)の御代と伝わります
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鳥海山大物忌神社(吹浦 口ノ宮)
鳥海山大物忌神社 吹浦口ノ宮(ちょうかいざんおおものいみじんじゃ ふくらくちのみや)は 出羽国一之宮です 鳥海山を御神体として 3つの神社が鎮座しています 鳥海山の山頂には「本社(奥宮)」が鎮座します 鳥海山の麓の登山口には「口ノ宮」と呼ばれる里宮が 「吹浦(fuku ra)」と「蕨岡(warabi oka)」の2ヶ所に鎮座しています 創祀は 欽明天皇二十五年(1400年以上前)の御代と伝わる古社です
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高瀬神社(南砺市高瀬)
高瀬神社(たかせじんじゃ)は 越中国一之宮として格式高く 御祭神は 大己貴命(大国主命)を祀ります 近くには 当社の鎮座地とも伝わる「高瀬遺跡」もあり 農耕文化の芽生える弥生時代(紀元前10世紀頃~紀元後3世紀中頃)の頃の鎮座と推測されています
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土佐神社(高知市一宮)〈延喜式内大社・土佐國一之宮〉
土佐神社(しなねさま)は 土佐国一之宮として高い格式を持ちます 古代より 神が宿る自然石「磐座(iwakura)」をお祀りしていて「礫石(tsubute ishi)」と呼ばれるこの石が この地に落ちて止まった処に社を建てて祀られたのが始まりとしていて 創祀は古代に遡ると云われます
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與止日女神社(佐賀市大和町)
與止日女神社(よどひめじんじゃ)は 景勝地の川上峡のほとりに鎮座して 欽明天皇25年(564)に創祀と伝わる由緒ある「肥前国一之宮」となります 御祭神は 海の神・川の神・水の神として信仰され 家内安全・交通安全などのご利益祈願でもにぎわいます 境内には 樹齢1500年近くの大楠をはじめ 子授かりや安産のご利益が伝わる「金精さん」もあります
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天津神社・奴奈川神社(糸魚川市一の宮)
天津神社(あまつじんじゃ)・奴奈川神社(ぬなかわじんじゃ)は ・天神を祀る「天津神社」・国津神を祀る「奴奈川神社」が すぐ横に並んで祀られています 鎮座している土地は 富山県との境に位置する新潟県最西端の糸魚川市です 縄文期よりのヒスイの産地として名高い地です 翡翠は古代は「玉」とされて大変貴重な神器でありました 「奴奈川神社」では ヒスイの神「奴奈川姫命(nunakawa hime no mikoto)」を祀ります
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玉作湯神社(松江市玉湯町玉造)【後編】
玉作湯神社は その名のとおり 古代から勾玉や各種玉類の一大生産地で 且つ・1300年を遡る「神の湯・美肌の湯」といわれる玉造温泉の地に鎮座しています 御祭神は・玉作の神「櫛明玉神( kushi akarutama no kami)」・温泉の神「大名持神(onamochi no kami) 少毘古那神(sukunahikona no kami)の2柱の神」を祀ります
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玉作湯神社(松江市玉湯町玉造)【前編】
玉作湯神社(たまつくりゆじんじゃ)は その名のとおり 古代から勾玉や各種玉類の一大生産地で 且つ・1300年を遡る「神の湯・美肌の湯」といわれる玉造温泉の地に鎮座しています 御祭神は・玉作の神「櫛明玉神( kushi akarutama no kami)」・温泉の神「大名持神(onamochi no kami) 少毘古那神(sukunahikona no kami)の2柱の神」を祀ります
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布自奈大穴持神社・布自奈神社(玉湯町布志名)
布自奈大穴持神社(ふじなおおあなもちじんじゃ)・布自奈神社(ふじなじんじゃ)は 『出雲國風土記』所載の神社「布自奈社(fujina no) yashiro」と「同布自奈社(onajiki fujina no) yashiro」の2つの社が 本殿と境内社に分かれて それぞれ鎮座しています 長い年月の間に どちらが本来の「布自奈社」・「同布自奈社」であったかの諸説があり 今となっては 新たな実証が出るまでは判別はできないのでしょう
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田面神社(伯太町安田)
田面神社は 「たのも」と発音しますが 「田面」の文字は「たづら」とも読み 字の通り「水田の表面」の意味です この地は 現在も辺り一面に 豊かな水が 太古から変わぬ景色をつくります 里人によって守られている「田面」には 太陽が輝き映ります 御祭神は 美しき太陽の巫女神「大日霊貴(oho hirume muchi)」が祀られて 広がる水田地帯の「田面」を照らします
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筑陽神社(東出雲町下意東)
筑陽神社(ちくようじんじゃ)は 遠い神代に 事代主命がこの地で漁をされました時に 筑陽川の源流がある萩山より吹き下ろす風を鎮めようと「速飄別命(はやつむじわけのみこと)」を祀られたと伝わります この例えは 地上と天上を繋げる竜巻のように言われる「つむじ風」の神 なのでしょうか?
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市穂神社(東出雲町上意東)
市穂神社(いちほじんじゃ)は 「かわもとさん」と呼ばれ 筑陽川の源流 上意東に鎮座します 御祭神は「水罔女命(mizuha no me no mikoto)」を祀ります 「亀趺(ki fu)」の台座に弘化年間(1845~1848)と刻まれた立派な石灯篭の先には 石段と狛犬と続き 社殿が坐ます 境内の樹木と相まって実に趣のある様相の神社です
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出雲路幸神社(安来市西松井町)
出雲路幸神社(いずもじさいじんじゃ)は 武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい)の母「弁吉女」が 出産の祈願を奉じたとされる天神の森に鎮座しています この場所には もともとは 現在は境内社として鎮座している「佐爲高守神社(天神社)(sai takamochi shrine)《主》少彦名命(すくなひこなのみこと)」が祀られていたと云われます
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高宮神社(宍道町白石)
高宮神社(たかみやじんじゃ)は 「天地開闢の造化の三神」と伝わる「天之御中主神(ameno minakanushi no kami)・高皇産霊神(takami musuhi no kami)・神皇産霊神(kami musuhi no kami)」を 御祭神として祀ります 「高宮」の社号は この崇高な神々を祀るところからくるのでしょう
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宇由比神社(宍道町西来待)
宇由比神社(うゆひじんじゃ)は 出雲の隠れた「縁結びのご神徳」のある神社です 御祭神は「大国主神(おほくにぬしのかみ)」と 『記紀神話』に登場する 2柱の神「宇比地邇神(うひじにのかみ)・須比智邇神(すひじにのかみ)」を祀ります この2柱の神は この世に初めて顕われた「男女一対の神」とされていますので まさしく縁結びの神々が鎮座されています
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岩木山神社(弘前市)〈津軽國一之宮・日本の北門鎮護〉
岩木山神社(いわきやまじんじゃ)は 宝亀11年(780)岩木山の山頂に社殿を造営したのが起源と云われ 延暦19年(800)征夷大将軍の坂上田村麿公が 蝦夷平定祈願達成の御礼に山頂の奥宮を再建した 本州最北の位置する青森県に鎮座する威容を誇る名社として 異名を「日本の北門鎮護」と呼ばれます
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大鳥大社(堺市西区鳳北町)〈延喜式内社 名神大社・和泉国一之宮〉
大鳥神社(おおとりじんじゃ)は 和泉国一之宮です 延長5年(西暦927年)に完成した『延喜式神名帳』所載の名神大社(霊験特に著しい神社)です ご祭神「日本武尊(yamato takeru no mikoto)」の御霊が 白鳥となり舞い降りた聖地として まさしく大鳥(otori)の由来をもちます