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天諸羽神社(対馬 佐護恵古)
天諸羽神社(あめのもろはじんじゃ)は 佐護郷6ヶ村〈恵古 深山 仁田ノ内 井口 友谷 湊〉の中心であった恵古に鎮座します 藩政時代には 島主の宗家は 対馬の吉凶を 亀卜(キボク)や太占(フトマニ)により占わせたと伝わり 豆酘〈下縣〉と佐護〈上縣〉の地では〈明治4年(1871)の廃藩までは〉毎年旧暦の正月3日に 亀卜神事が執り行われていたようです
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島御子神社(対馬 曽)
島御子神社(しまみこじんじゃ)は 『延喜式神名帳〈927年〉』所載の「對馬嶋 上縣郡 嶋大國魂神御子神社」の論社ともなっています 六国史の記録としては『日本三代実録(にほんさんだいじつろく)』 貞観12年(870)3月5日 丁巳の条に「嶋御子神(シマミコノカミ)従5位上」と 對馬嶋(上縣・下縣)の式内社の神々とともに記されていて 対馬でも有数の由緒を持つ古社です
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那祖師神社・島大國魂神社・若宮神社〈三社合祀〉
那祖師神社・島大國魂神社・若宮神社〈三社合祀〉は もともとは 豊(トヨ)の村人たちが 豊漁港の北東にある 椎根島の白水山(シロミズヤマ)に鎮座していた「島大国魂(シマオオクニタマ)神社の遥拝所」としていた処であったとされます ここに 旧 藩政時代 国主により「那祖師(ナソシ)神社」が建立されます やがて 島大国魂神社と 北東にあるナンガ浦〈豊と泉の中間辺り〉に鎮座する若宮(ワカミヤ)神社も合わせ 豊(トヨ)に鎮座する3社が合祀されて 現在に至ります
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元嶋神社(対馬 唐洲)
元嶋神社(もとしまじんじゃ)は 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)所載の「對馬嶋 上縣郡 大嶋神社(おほしまの かみのやしろ)」の論社です 写本によっては「大嶋(オホシマ)」が「本島(モトシマ)」と書かれている場合があり ここから当社が論社となっています
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三ツ石神社(対馬 西泊)
三ツ石神社(みついしじんじゃ) は 文永11年(1274)元寇の時 村人が 三所大権現神〈現 能理刀神社(対馬 西泊)〉に祈ると 荒神権現山の中腹より 神石三ツ飛出し 蒙古の異賊船を打砕き 浦合の村人を助け給うた神石とされ 崇められています この碑より東4mの地に鎮座していたが 港湾工事のため神石が地中に埋り この地に神霊碑を奉り建立したとあります
