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田中神社(出雲市佐田町吉野)

田中神社(たなかじんじゃ)は 社伝によると 13世紀に京都の吉田神社から勧請したともいわれ 江戸時代には「田中明神」とも呼ばれました 『出雲國風土記733 AD.』所載の 神門郡 不在神祇官社「波須波社(はすは)のやしろ」の論社です

波須波神社(出雲市佐田町下橋波)

波須波神社(はすわじんじゃ)は 下橋波(しもはしなみ)の田中明神と呼ばれていました 『出雲國風土記733 AD.』所載の 神門郡 不在神祇官社「波須波社(はすは)のやしろ」の論社です 御祭神は『古事記』 神代七代の五代目「・意富斗能地神・妹大斗乃弁神」に当り この神をお祀りするのは 全国でこの神社のみとされます

曽枳能夜神社(出雲市斐川町神氷)

曽枳能夜神社(そきのやじんじゃ)は 延喜式内社で『出雲国風土記』には「神名火山(中略)曽枳能夜社に坐(ま)します 伎比佐加美高日子命社 即ちこの山の嶺(みね)に在り 故(か)れ神名火山と云ふ」と記されます 御祭神は 出雲国造 第14代 伎比佐加美と同神であるといわれ 出雲大社とは関係深い社とされます

久武神社(斐川町出西)& 出西八幡宮

久武神社(くむじんじゃ)は 素盞鳴尊が詠まれた最初の和歌「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに・・」この湧きたつ雲から別名を「雲神社」とも云います 『出雲國風土記733 AD.』所載の出雲郡 神祇官社「牟久社(くむ)のやしろ」とされ 同じ境内には 出西八幡宮(しゅつさいはちまんぐう)も祀られています

縣神社(出雲市国富町)

縣神社(あがたじんじゃ)は 『出雲國風土記733 AD.』所載の社が 4社あります 本殿には「(あがた)のやしろ」が3つ〈・本殿「阿我多社」・合祀「縣社」の神祇官社2つ ・合祀「縣社」の不在神祇官社1つ〉 さらに境内社には 1つ「(いには)のやしろ」〈「不在神祇官社一つ「伊爾波社」」〉が鎮座します

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