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八所神社(豊山町豊場木戸)〈『延喜式』物部神社・髙牟神社〉

八所社(はっしょしゃ)は 物部氏一族により開拓されたこの地に 物部氏神〔大和の石上神宮より分神を勧請〕を斎き祀った社とされ 社伝に「和銅二年(709)創建 元 物部神社(八所太明神)と稱した」とあり延喜式内社 尾張國 春日部郡 物部神社(もののへのかみのやしろ)であると云う 又 髙牟神社(たかむのかみのやしろ)とも云う

味美白山神社(春日井市二子町)〈『延喜式』物部神社を合祀〉

味美白山神社(あじよし はくさんじんじゃ)は 元は今より南の白山藪(味鋺字堂前898)に鎮座したが 萬治二年(1659)現在地(白山神社古墳の墳丘上)に遷座 同時に 二子山古墳の墳丘にあった物部天神〈式内論社〉を合祀し建立されたと云う 延喜式内社 尾張國 春日部郡 物部神社(もののへの かみのやしろ)の論社です

諸大明神社(春日井市松本町)〈『延喜式』物部神社〉

諸大明神社(もろだいみょうじんじゃ)は 一説には養老年間(717~724年)又は養老2年(718)の創建とされる古社で『尾張神名帳』などは春日部郡 従三位 松原天神とします 又 一説に延喜式内社 尾張國 春日部郡 物部神社(もののへの かみのやしろ)ともされます

古代豪族〈武力と祭祀を担う〉物部氏 と「延喜式内社 物部神社」について

物部氏(もののべうじ)は 太古の大和朝廷で 神道を奉じ軍事を司る氏族として「八十物部(やそのもののべ)」と云われ 絶大な勢力を保持していました その後 神道を奉じる物部氏の宗家〈物部守屋大連〉は 仏教を信奉する蘇我氏〈蘇我馬子 大臣〉と用命天皇2年(587)戦い敗れ 物部氏は徐々に衰退をして行く事になります

三明神社(小牧市林北)〈『延喜式』非多神社〉

三明神社(さんめいじんじゃ)は 承和8年(841)創建 戦国時代までは大縣神社の摂社と社伝に云う 又 江戸時代の編纂物『尾張志』『尾張地名考』『尾張名所圖會』等は「林村字平野と云所に稗田天神 又 樋田天神ありしが今廃して三明神相殿」と 延喜式内社 尾張國 春日部郡 非多神社(ひたの かみのやしろ)てあると記しています

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