国史記載社
-

八幡神社(美馬市脇町大字猪尻)〈『延喜式』伊射奈美神社〉
八幡神社(はちまんじんじゃ)は 延喜式内社 阿波國美馬郡 伊射奈美神社(いさなみの かみのやしろ)の論社です 古い町並みを残す脇町の高台に鎮座し 「上野の八幡さん」として知られています 天文2年(1533)の洪水で土佐国から流れ着いた八幡神を 脇城主武田信顕が祀ったのが始まりとされます
-

伊射奈美神社(美馬市穴吹町三島舞中島)〈延喜式内社〉
伊射奈美神社(いざなみじんじゃ)は 延喜式内社 阿波國美馬郡 伊射奈美神社(いさなみの かみのやしろ)の論社です 吉野川と妙蓮川に挟まれた舞中島の 竹林に囲まれた小高い森に鎮座し 土地の人々から「十二社はん」と呼ばれてきました 応永3年(1396)の棟札は穴吹町最古とされ 昭和に現在の社名へ改められました
-

御崎神社(甲府市美咲)〈『延喜式』宇波刀神社〈参考論社〉〉
御崎神社(みさきじんじゃ)は 初め甲斐の国主 武田家の居館のあった石和郷に鎮座 永正十六年(一五一九年)武田信虎公 つつじが崎に居城を構えた時 三の郭内に神殿建立し遷され 徳川時代 文禄三年(一五九四年)甲府城を築いた際 現在地に遷座 延喜式内社 甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の参考論社です
-

宇波刀神社(韮崎市円野町下円井宇波刀)〈『三代實録』宇波刀神『延喜式』宇波刀神社〉
宇波刀神社(うわとじんじゃ)は 第18代反正天皇の第2皇女 円比女が 封を此の地に受け 洲羽国 諏訪明神を勧請して守護神と崇め奉った その後 養老2戊午(718年)国守 社殿を造営し合祀 『三代實録』に宇波刀神『延喜式』に甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)と云う 宇波刀神社諏訪大明神と称されました
-

宇波刀神社(甲府市宮原町)〈『三代實録』宇波刀神『延喜式』宇波刀神社〉
宇波刀神社(うはとじんじゃ)は 堀河天皇 寛治年中(1087~1094年) 新羅三郎義光の再建された延喜式内社 甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)と伝わります 武田氏(信虎)全盛の頃 源氏の氏神 石清水八幡宮にあやかり 八幡宮と改称され 近世には宇波刀神社とも称していたと云う





