山梨県
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黒戸奈神社(山梨市牧丘町倉科)〈『延喜式』黒戸奈神社〉
黒戸奈神社(くろとなじんじゃ)は 景行天皇の御宇創立〈天皇皇子 日本武尊 東夷平定の後 当国鎮護 萬民幸福を祈る爲め 素戔鳴尊の神璽を出雲國より奉迎し奉り 唐土明神と称へ奉る〉文武天皇 大宝二年(702)勅を奉じて社号を黒戸奈神社としたと云う 延喜式内社 甲斐國 山梨郡 黒戸奈神社(くろとなの かみのやしろ)とされます
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山梨岡神社(山梨市下石森)〈『延喜式』山梨岡神社〉
山梨岡神社(やまなしおかじんじゃ)は 社伝には 日本武尊が東夷征伐の折 勧請したと云う 尊が腰を掛けたという御腰掛石があります 神護景雲2年(768)坂上苅田丸が社殿を造営し 貞観元年(859)甲斐守紀貞守 幣を奉る 延喜式内社 甲斐國 山梨郡 山梨岡神社(やまなしをかの かみのやしろ)の論社です
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山梨岡神社(笛吹市春日居町鎭目)〈『延喜式』山梨岡神社〉
山梨岡神社(やまなしおかじんじゃ)は 背後の御室山(みむろやま)を御神体とする古代信仰であったとされ 第十代 崇神天皇の御代 国内に疫病の流行や災害が多発し これを憂い勅命により御室山中腹に創祀され 第十三代 成務天皇の御代 麓の梨樹を伐り拓いて神戸を遷し「甲斐ヶ根・山梨岡神社」と号したと伝えています
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吾妻屋宮(笛吹市春日居町鎮目)〈『延喜式』甲斐奈神社・山梨岡神社〉
吾妻屋宮(あずまやぐう)は 社記に「日本武尊が東征の折に当地の山路〈虫切坂〉で休息したことに因み 旧跡を「四阿山権現(あづまやさん ごんげん)」として尊を祀り創祀」と云う 延喜式内社 山梨岡神社(やまなしをかの かみのやしろ)の旧鎮座地とする説 甲斐奈神社(かひなの かみのやしろ)であるとする説があります
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甲斐奈神社〈神祖宮〉(笛吹市一宮町橋立)〈『延喜式』甲斐奈神社〉
甲斐奈神社〈神祖宮〉(かいなじんじや)は 神祖明神 又は 林部宮 橋立明神とも呼ばれ 創建は古く延喜式内社 甲斐國 山梨郡 甲斐奈神社(かひなの かみのやしろ)で総社であった 江戸前期までは祭礼の日に笛吹川東の神主が全て当社に参集して神楽を奏し、五穀豊穣の祈禱をしたと伝わる大社でした





