静岡県

遠江國 式内社 62座(大2座・小60座)について

遠江国(とほとうみのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される当時の官社です 遠江国には 62座(大2座・小60座)の神々が坐します 現在の論社を掲載しています

多賀神社(三島市谷田)〈『延喜式』石徳髙神社・劔刀乎夜尓命神社〉

多賀神社(たがじんじゃ)は もと三嶋大社 摂社の一つで田川神社とも田河とも称されました 2つの式内社〈・石徳髙神社(いはとくのたかの かみのやしろ・劔刀乎夜尓命神社(けむとをやにのみことの かみのやしろ)〉の論社で 又 白浪之彌奈阿和命神社(しらなみの みなあわのみことの かみのやしろ)との説もあります

岩徳高神社(伊豆市徳永)

岩徳高神社(いわとくたかじんじゃ)は 境内に昭和50年頃まで樹齢約500年の年輪を数えたスギの大木があったという 昔から八軒の世襲の鍵取が決まっていて 当番の鍵取はその年一年は 毎月1日15日に献饌などの奉仕をし 氏子は蒜(ヒル)を栽培すると災いがおきるとの禁忌があり 今もその伝えは守られている

豆塚神社(伊豆の国市北江間)

豆塚神社(まめづかじんじゃ)は かつて石徳高命が降られたという雄徳山に式内社「石徳高神社」が祀られていました その後 狩野川が流路を西に変え 郷(依馬郷)が 江間と北條に二分されたので 鎮守も二社(当社と守山八幡宮)に分祀されたものと伝わります

守山八幡宮(伊豆の国市寺家)

守山八幡宮(もりやまはちまんぐう)は 1180年(治承4年)源頼朝公が 源氏再興を祈願して挙兵した時に本陣を張った北條郷の地で 辺りには北条氏の屋敷があり 源頼朝公は 襲い討った山木判官平兼隆の屋敷から火の手が上がるのをこの辺りから見たとされます

Copyright© Shrine-heritager , 2026 All Rights Reserved.