岡山県

長田神社(真庭市蒜山下長田)〈『三代實録』長田神『延喜式』長田神社〉

長田神社(ながたじんじゃ)は 六国史『三代實録』貞觀六年(864)八月十五日己巳 美作國 從五位下 長田神に授に從五位上とあり『延喜式』に美作國 大庭郡 長田神社(なかたの かみのやしろ)と由緒ある古社です 明治四十二年(1909)上長田・下長田所在の九社を合祀 大正十一年(1922)郷社に列格しました

二宮(真庭市社字於和佐)〈『三代実録』壹粟神・大佐々神・長田神・兎上神・久止神〉

二宮神社(ふたみや)は 式内社 美作國大庭郡八座の内 4社五座①壹粟神社二座(いちあはの かみのやしろふたくら)②久刀神社(くとの かみのやしろ)③菟上神社(うさかみの かみのやしろ)④長田神社(なかたの かみのやしろ)が祀られます 本来 別々の場所に祀られていた神を現在地に集めたとも推測されますが 定かではありません

吉備津彦神社(岡山市備前一宮)

吉備津彦神社(きびつひこじんじゃ)は 備前国一之宮で 備前国と備中国の境界ある吉備の中山(標高175m)の北東麓に東面して坐ます 太古の太陽信仰の形を留める場とされ 夏至の日に正面鳥居から差し込んだ朝陽が 祭文殿の御鏡に入る造りで 太陽を真正面から迎え鎮座するので朝日の宮(あさひのみや)とも称されます

吉川八幡宮(吉備中央町吉川)

吉川八幡宮(よしかわはちまんぐう)は 永長元年(1096)京都 石清水八幡宮の別宮として創建と伝わり その後 慶長年中(1596~1615年)に断絶したが  後光明天皇 寛永21年(1664)に寄付の記録があります 『備中誌』に 吉川村の村内に布郡(ふこほり)と呼ばれる地名があり ここが式内社 古郡神社(ふるこほりの かみのやしろ)の所在ではないかと記しています 

古郡神社(総社市総社)& 古郡神社々跡

古郡神社(ふるこおりじんじゃ)は 創建年代は不詳 正長元年(1428)の大風により倒壊し 久米村御崎神社に合祀奉遷された 嘉永四年(1851)足守藩木下利成の援助により 西山の旧社地に社殿を造営し再興された 明治初期造営の社殿は倒壊していて 現在は 小祠と古郡神社々跡の石碑が残ります

Copyright© Shrine-heritager , 2026 All Rights Reserved.