岡山県

加茂神社(玉野市木目)〈『延喜式』鴨神社(かもの かみのやしろ)〉

加茂神社(かもじんじゃ)は 社伝には「児島 三宅の祖・東郷太郎・加茂二郎・稗田三郎の三児がいて まんなかの加茂二郎は 中の加茂の庄をもらい この加茂二郎を祀ったお宮であるから中世には 加茂善児宮または善児宮といった呼ばれたと云う 又 一説には延喜式内社 備前國兒嶋郡 鴨神社(かもの かみのやしろ)であると云う

鴨神社(吉備中央町上加茂)〈『延喜式』鴨神社〉

鴨神社(かもじんじゃ)は 明治以降の説では「弘仁二年(811)山城国愛宕郡加茂大明神を勧請」と云う『吉備温故秘録』など江戸時代の説は 祭神 鴨別命は京都 上賀茂神社からの勧請ではなく笠臣(笠臣国造)の祖 鴨別命を祀ったのに始まるとする説を挙げます 延喜式内社 備前國津高郡 鴨神社(かもの かみのやしろ)の論社です

宗形神社(岡山市北区大窪)〈『延喜式』宗形神社〉

宗形神社(むなかたじんじゃ)は 創建年代不祥ですが本殿の背後には古墳もあります 古代の山陽道での交通の要所 海が迫っていたこの地に 航海の守護神として 福岡県 宗像大社の神 道主貴(みちぬしのみち)を勧請したのであろうと云う 延喜式内社 備前國津高郡 宗形神社(むなかたの かみのやしろ)の論社です

宗形神社(赤磐市是里)〈『延喜式』宗形神社〉

宗形神社(むなかたじんじゃ)は 延喜式内社 備前國赤坂郡 宗形神社(むなかたの かみのやしろ) 社伝に10代崇神天皇の御宇勧請 『古事記』に仁徳天皇が吉備国を訪れ 寵愛した黒日賣が青菜を摘んだので「やまかたに まけるあをなもきひひとゝ ともにしつめはたぬしくもあるか」と御製あり 里人は「山方の大宮」と称したと云う

片山神社(赤磐市由津里)〈『延喜式』鴨神社三座〉

片山神社(かたやまじんじゃ)は 孝霊天皇の御宇七十二年 吉備若日子建王子が播磨を征せられ 籠もって祈り給うて再営 天平二年(730)本社建替て迦毛大御神社として祀られ 延喜式内社 備前國赤坂郡 鴨神社三座(かもの かみのやしろ みくら)となる 永承四年(1049)山上より遷座 片山大明神と改名 明治二年 片山神社となる

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