名神大社〈延喜式内〉
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若宮八幡社(名古屋市中区栄)〈名古屋総鎮守〉
若宮八幡社(わかみやはちまんしゃ)は 鎭座年代は 文徳天皇の御代(850~858年)延喜年中に再興と云う もとは那古野庄今市場〔今の三の丸の南の地〕に有ったが 慶長十五年(1610)此處に遷坐と伝わります 一説に延喜式内社 尾張國 愛智郡 孫若御子神社(名神大)(ひこ わかみこの かみのやしろ)の本社とする説があります
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孫若御子神社(名古屋市熱田区神宮)〈熱田神宮の境内摂社〉
孫若御子神社(ひこわかみこじんじゃ)は もと鎭皇門內 御田社の西に鎮座したが 明治七年(1874)現在地に遷坐 延喜式内社 尾張國 愛智郡 孫若御子神社(名神大)(ひこ わかみこの かみのやしろ)の論社で 祭神については 遷座頃までは 稚武彦王(ワカタケヒコノキミ)〔日本武尊の第七男 母は弟橘姫命〕とされていました
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日割御子神社(名古屋市熱田区神宮)〈熱田神宮の境内摂社〉
日割御子神社(ひさきみこじんじゃ)は 祭神は・熱田大神(天照大神)の御子神 天忍穂耳尊とも・日本武尊の御子神 武鼓王とも・日本武尊を焼津で救った火打石の霊とも諸説あり 鎮座地は 熱田神宮境内の熱田丘陵の先端に当り 太古には水際に張り出た洲崎の名残で 干崎(ひさき)と云われていた 延喜式では名神大社とされます
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穗髙神社 奥宮(松本市安曇上高地)〈上高地の聖地 明神池のほとりに鎮座〉
穗高神社 奥宮(ほたかじんじゃ おくのみや)は 上高地 明神池のほとりに祀られています 上高地明神付近は古くから〈神合地 神垣内 神河内〉(上高地)とも呼ばれ 神々を祀るにふさわしい神聖な場所とされてきました 嶺宮は 安曇族の神・穂高大明神が降臨されたと云う 穂高連峰の最高点・奥穂高岳の頂上に祀られています
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穗髙神社(安曇野市穂高)〈延喜式内社 名神大社〉
穂高神社(ほたかじんじゃ)は 太古 安曇族は 海神系の宗族として遠く北九州に栄え 信濃の干拓に功をたて 安曇野の中心 穂高の里に祖神を奉斎したのが 当神社の創始とされます 延喜式内社 信濃國 安曇郡 穗髙神社(名神大)(ほたかの かみのやしろ)の本宮です 上高地には奥宮 奥穂高岳の山頂には嶺宮が鎮座しています





