名神大社〈延喜式内〉
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大虫神社(与謝野町温江)〈『文徳天皇實録』大蟲神『延喜式』大虫神社〔名神大〕〉
大虫神社(おおむしじんじゃ)は 『文徳實録』「大蟲神」・『延喜式』丹後國 與謝郡 大虫神社(名神大)(おほむしの かみのやしろ)と所載されます 旧鎮座地は池ケ成という地〈現 大江山の中腹の池ケ成公園の辺り〉に 大虫神社と小虫神社が鎮座し「虫宮(むしのみや)」と呼ばれたが 室町時代初期頃に現在地に遷座と伝わります
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阿沼美神社(松山市味酒町)〈『延喜式』阿治(阿沼)美神社(貞・名神大)〉
阿沼美神社(あぬみじんじゃ)は この地方の総鎮守で 往古 勝山の峰(現在の城山)に鎮座していました 久米氏の氏神で 延喜式内社 伊豫國 温泉郡 阿治(阿沼)美神社(貞・名神大)(あじみの かみのやしろ)とされます その後 越智氏が国司となり その氏神も祀り 慶長年間加藤嘉明により現在地に移遷され 味酒神社と呼ばれました
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阿沼美神社(松山市平田町宮内)〈『延喜式』阿治(阿沼)美神社(貞・名神大)〉
阿沼美神社(あぬみじんじゃ)は 社伝に武国凝別〈第12代景行天皇の皇子〉十城別王〈日本武尊の御子〉の宮居所とあり 天明二年(1782)「阿沼美三島新宮」の古棟板 天保四年(1833)御幸橋の地下から石額「阿沼美宮」が発掘され 延喜式内社 伊豫國 温泉郡 阿治(阿沼)美神社(名神大)(あじみの かみのやしろ)とされます
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井関三神社(たつの市揖西町中垣内)〈『延喜式』粒坐天照神社〔名神大〕〉
井関三神社(いせきさんじんじゃ)は 社伝に第十代 崇神天皇二年(BC88年)播磨国揖保郡 亀の山に天照国照彦火明櫛玉饒速日命が勅命により鎮座されたと云う 仁安元年(1166)祭神を揖保郡 亀の山の奥宮から現在の井関山へ遷座 延喜式内社 播磨国 揖保郡 粒坐天照神社〔名神大〕(いいほにます あまてらすかみのやしろ)の論社
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小川月神社(亀岡市馬路町月読)〈『三代實録』小川月神『延喜式』小川月神社 名神大〉
小川月神社(おがわつきじんじゃ)は 延喜式内社 丹波國 桑田郡 小川月神社(名神大)(をかはつきの かみのやしろ)です また古記録は 伊勢の内宮・外宮が今の地に遷座される前の末社とされ 神代から当地に祀られていたと伝え 社傳によれば應仁の頃 大堰川洪水の為 社地を流失し一時廢絶したと云う 現在は狭少な神域となっています





