国史記載社
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岩戸落葉神社〈『延喜式』堕川神社・天津石門別稚姫神社〔名神大月次新嘗〕・大柴神社〉
岩戸落葉神社(いわとおちばじんじゃ)は 岩戸社 落葉社の2社が 堕川社の相殿社となり 現在地に遷座 岩戸落葉神社と称されるようになった
①式内社 山城國 葛野郡 堕川神社
②式内社 山城國 葛野郡 天津石門別稚姫神社〔名神大 月次 新嘗〕
③式内社 山城國 愛宕郡 大柴神社
三つの式内社の論社とも云う
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天太玉命神社(橿原市忌部町)〈『延喜式』太玉命神社四座〔並 名神大 月次 新嘗〕〉
天太玉命神社(あめのふとたまのみことじんじゃ)は この地に忌部宗家が斎部氏を称し土着 自らの祖先と斎部氏に縁故ある神霊を祀ったのが当社の起源 式内社 大和國 高市郡 太玉命神社四座〔並名神大月次新嘗〕(ふとたまのみことのかみのやしろ よくら)又 同じく式内社 天津石門別神社(あまついはとわけのかみのやしろ)の論社
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天津石門別神社(高取町越智)〈『三代實録』天石戸別神『延喜式』天津石門別神社〉
天津石門別神社(あまついわとわけじんじゃ)は 越智氏居館跡の西にあり元暦二年(1185)越智家の祖 親家が戦場守護神として創祀『越智氏系図』 古来 九頭神社と称した 明治八年(1875)奈良県示達により延喜式内社 大和國 高市郡 天津石門別神社(あまつ いはとわけの かみのやしろ)に治定され社名も改称されたが根拠は不明
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水尾神社(高島市拝戸)〈『続日本紀』『三代実録』三尾神・『延喜式』水尾神社〉
水尾神社(みおじんじゃ)は 元々は(河南社 河北社)二座がありましたが 現在は河南社に統合されています 河北社の祭神 振姫〔第26代 継体天皇の生母〕は 当社拝殿を産所として生まれたと伝わります 継体天皇 延喜式内社 近江國 高嶋郡 水尾神社〔並 名神大 月次 新嘗〕(みをの かみのやしろ ふたくら)です
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天石門別神社(美作市滝宮)〈『三代實録』天石門別神『延喜式』天石門別神社〉
天石門別神社(あめのいわとわけ じんじゃ)は 第10代崇神天皇の御代 四道将軍 大吉備津彦命が 吉備地方平定報賽のため自ら鎮斎したと伝えられます 『三代實録』貞観5年 神階従五位下から従五位上に昇叙せられ 『延喜式』に美作國 英多郡 天石門別神社(あめいはとわけの かみのやしろ)とある式内社です





