国史記載社

天石門別神社(美作市滝宮)〈『三代實録』天石門別神『延喜式』天石門別神社〉

天石門別神社(あめのいわとわけ じんじゃ)は 第10代崇神天皇の御代 四道将軍 大吉備津彦命が 吉備地方平定報賽のため自ら鎮斎したと伝えられます 『三代實録』貞観5年 神階従五位下から従五位上に昇叙せられ 『延喜式』に美作國 英多郡 天石門別神社(あめいはとわけの かみのやしろ)とある式内社です

高野神社(津山市二宮)〈美作國二之宮『三代實録』髙野神『延喜式』髙野神社〉

高野神社(たかのじんじゃ)は 美作國二之宮 社伝に吉井川の河原 碫馭盧岩(おのころいわ)を磐境として祀ったのが始まりと伝え のち第27代安閑天皇二年(536)十一月社殿創建と云う 祭神一座 彦波限建鵜葺草葺不合尊で 『三代實録』髙野神・『延喜式』美作國 苫東郡 髙野神社(かうやの かみのやしろ)の論社です

高野神社(津山市高野本郷)〈『三代實録』髙野神『延喜式』髙野神社〉

高野神社(たかのじんじゃ)は 古くは祭神は鵜葺草葺不合命一柱でしたが 中世に武家の勃興とともに 相殿に応神天皇 神功皇后をお祀りして 明治維新頃までは八幡宮と称していました 鎮座地が苫東郡高野郷に所在することから『三代實録』髙野神・『延喜式』美作國 苫東郡 髙野神社(かうやの かみのやしろ)の論社とされています

古見八幡神社&〈合祀〉田中神社(真庭市)〈『三代實録』佐原神『延喜式』佐波良神社〉

古見八幡神社(こみはちまんじんじゃ)は 旧氏神棟札に第六十代醍醐天皇 延喜五年(905)八月 山城国 男山八幡宮を勧請とあり 又 明治以後に改称され大正元年(1912)合祀された田中神社は『作陽誌』にある元田原庄の氏神「大宮神社」であって 延喜式内社 美作國 大庭郡 佐波良神社(さはらの かみのやしろ)との説があります

久世神社(真庭市久世)〈『三代實録』形賣神『延喜式』形部神社〉

久世神社(くせじんじゃ)は 創建年代は不祥ですが 聖武天皇 天平年間(729~749年)の棟札 木彫神像二躰がある古社です 口碑によると 往古は形部神社と称し 後に生建大明神 現今は久世神社と改称したと伝わり 延喜式内社 美作國 大庭郡 形部神社(かたへの かみのやしろ)であるとの伝承があります

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