国史記載社
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天穂日命神社(伏見区石田森西)〈『延喜式』天穂日命神社・石田神社〔大 月次新嘗〕〉
天穂日命神社(あめのほひのみことじんじゃ)は 『三代實録』貞觀四年(862)六月に官社に預り・神階を正六位上から從五位下を授った 式内社 山城國宇治郡 天穂日命神社(あめのほひのみことの かみのやしろ) 又鎮座地は『万葉集』に多く詠まれた名所「石田の森」にあった式内社 山城國久世郡 石田神社〔大月次新嘗〕とも云われます
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棚倉孫神社(京田辺市田辺棚倉)〈『延喜式』棚倉孫神社〔大 月次新嘗〕・天神社〉
棚倉孫神社(たなくらひこじんじゃ)は 社伝に推古天皇31年(623)相楽郡棚倉ノ庄より高倉下命を勧請とあり 『三代實録』貞観元年(859)正月27日条「棚倉孫神」に従五位上を叙す 又二つの式内社 山城國 綴喜郡(①棚倉孫神社〔大月次新嘗〕(たなくらひこの かみのやしろ)②天神社(あまつかみのやしろ)の論社です
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崇道神社(京都市左京区)〈『延喜式』出雲髙野神社・小野神社二座・伊多太神社〉
崇道神社(すどうじんじゃ)は 桓武天皇の実弟 早良親王が 藤原種継暗殺事件に連座 幽閉 途中無実を主張し絶食死した 天皇の近親者の死 疫病が流行が続き 親王の祟りとされ 崇道天皇の追号を贈り 怨霊を鎮めるために創建されたと云う 3つの式内社〔出雲髙野神社・小野神社二座・伊多太神社〕が 境内社として祀られています
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岩戸落葉神社〈『延喜式』堕川神社・天津石門別稚姫神社〔名神大月次新嘗〕・大柴神社〉
岩戸落葉神社(いわとおちばじんじゃ)は 岩戸社 落葉社の2社が 堕川社の相殿社となり 現在地に遷座 岩戸落葉神社と称されるようになった
①式内社 山城國 葛野郡 堕川神社
②式内社 山城國 葛野郡 天津石門別稚姫神社〔名神大 月次 新嘗〕
③式内社 山城國 愛宕郡 大柴神社
三つの式内社の論社とも云う
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天太玉命神社(橿原市忌部町)〈『延喜式』太玉命神社四座〔並 名神大 月次 新嘗〕〉
天太玉命神社(あめのふとたまのみことじんじゃ)は この地に忌部宗家が斎部氏を称し土着 自らの祖先と斎部氏に縁故ある神霊を祀ったのが当社の起源 式内社 大和國 高市郡 太玉命神社四座〔並名神大月次新嘗〕(ふとたまのみことのかみのやしろ よくら)又 同じく式内社 天津石門別神社(あまついはとわけのかみのやしろ)の論社





