国史記載社
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水尾神社(高島市拝戸)〈『続日本紀』『三代実録』三尾神・『延喜式』水尾神社〉
水尾神社(みおじんじゃ)は 元々は(河南社 河北社)二座がありましたが 現在は河南社に統合されています 河北社の祭神 振姫〔第26代 継体天皇の生母〕は 当社拝殿を産所として生まれたと伝わります 継体天皇 延喜式内社 近江國 高嶋郡 水尾神社〔並 名神大 月次 新嘗〕(みをの かみのやしろ ふたくら)です
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天石門別神社(美作市滝宮)〈『三代實録』天石門別神『延喜式』天石門別神社〉
天石門別神社(あめのいわとわけ じんじゃ)は 第10代崇神天皇の御代 四道将軍 大吉備津彦命が 吉備地方平定報賽のため自ら鎮斎したと伝えられます 『三代實録』貞観5年 神階従五位下から従五位上に昇叙せられ 『延喜式』に美作國 英多郡 天石門別神社(あめいはとわけの かみのやしろ)とある式内社です
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高野神社(津山市二宮)〈美作國二之宮『三代實録』髙野神『延喜式』髙野神社〉
高野神社(たかのじんじゃ)は 美作國二之宮 社伝に吉井川の河原 碫馭盧岩(おのころいわ)を磐境として祀ったのが始まりと伝え のち第27代安閑天皇二年(536)十一月社殿創建と云う 祭神一座 彦波限建鵜葺草葺不合尊で 『三代實録』髙野神・『延喜式』美作國 苫東郡 髙野神社(かうやの かみのやしろ)の論社です
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高野神社(津山市高野本郷)〈『三代實録』髙野神『延喜式』髙野神社〉
高野神社(たかのじんじゃ)は 古くは祭神は鵜葺草葺不合命一柱でしたが 中世に武家の勃興とともに 相殿に応神天皇 神功皇后をお祀りして 明治維新頃までは八幡宮と称していました 鎮座地が苫東郡高野郷に所在することから『三代實録』髙野神・『延喜式』美作國 苫東郡 髙野神社(かうやの かみのやしろ)の論社とされています
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古見八幡神社&〈合祀〉田中神社(真庭市)〈『三代實録』佐原神『延喜式』佐波良神社〉
古見八幡神社(こみはちまんじんじゃ)は 旧氏神棟札に第六十代醍醐天皇 延喜五年(905)八月 山城国 男山八幡宮を勧請とあり 又 明治以後に改称され大正元年(1912)合祀された田中神社は『作陽誌』にある元田原庄の氏神「大宮神社」であって 延喜式内社 美作國 大庭郡 佐波良神社(さはらの かみのやしろ)との説があります





