延喜式神名帳

伊川谷惣社(神戸市西区伊川谷町上脇)〈延喜式内社 物部神社〉

伊川谷惣社(いかわだに そうしゃ)は 神功皇后が三韓征伐の帰途 明石川から伊川を船でのぼり ここで一休みして「大国主命をここに祀れ」と命じたのが創始であると伝わります 『国内鎮守大小明神社記』では 延喜式内社 播磨國 明石郡 物部神社(もののへの かみのやしろ)としています

可美真手命神社(押部谷町細田)〈延喜式内社 物部神社〉

可美真手命神社(うましまでのみこと じんじゃ)は 成務天皇十九年(149)に創建されたと伝えられる 延喜式内社 播磨國 明石郡 物部神社(もののへの かみのやしろ)とされ 又 天平勝宝六年(754)摂津国住吉大社の社家「津守連」が楯神・鉾神と共に住吉大神を勧請したと伝えられる押部谷 住吉神社 最初の鎮座地です

物部神社(津市新家町)〈山辺の行宮〉〈延喜式内社〉

物部神社(もののべじんじゃ)は 古代この地方を支配した物部氏の一族 新家氏の氏神とされます 寛保元年(1741)の洪水により 古記録等が流失し創立当時の確かな記録はないが 当社は所替せず古来の地にあると云う 〈山辺の行宮〉の跡地ともされる 延喜式内社 伊勢國 壹志郡 物部神社(もののへの かみのやしろ)とされます

大神社 旧鎮座地(松阪市深長町)〈延喜式内社の旧鎮座地〉

大神社 旧鎮座地(おおみわじんじゃ きゅうちんざち)は 明治四十一年(1908)高福神社〈現 伊勢寺神社〉に合祀された 延喜式内社 伊勢國 飯高郡 大神社(おほみわの かみのやしろ)の旧跡地です 現在は地域の鎮守の森のような存在で かつて境内にあった泉は 近隣の田畑を潤し 松坂城主の茶の湯にも使用されたと云う

久々比神社(豊岡市下宮字谷口)〈コウノトリの伝説or物部氏の伝承〉

久々比神社(くくひじんじゃ)は コウノトリが棲む地を「久々比(くくひ)」と呼び 社を建て木の神 久々遅命(くくのちのみこと)をお祀りして 始まったと云い 又 一説『国司文書 但馬故事記』には 物部韓國連 鵠(くくひ)〈久々比命〉を祀るとします 延喜式内社 但馬國 城崎郡 久久比神社(くくひの かみのやしろ)です

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