延喜式神名帳

倭文神社(与謝郡与謝野町三河内)〈延喜式内社〉

倭文神社(しどりじんじゃ)は 和銅五年(712)この地で綾錦を織ることとなり 丹後國一之宮 籠神社 海部直愛志(あまべのあたいえし)が勅命を奉じて 倭文神を祀り創建した 延喜式内社 丹後國 與謝郡 倭文神社(しとりの かみのやしろ)とされ 貞応二年(1223)ご神託があり 筬(おさ)村から現今の石崎の社に奉遷されました

倭文神社(舞鶴市今田 小字津ノ上)〈延喜式内社 倭文神社〉

倭文神社(しどりじんじゃ)は 927 AD.延喜式内社 丹後國 加佐郡 倭文神社(しとりの かみのやしろ)とされ 創立は それより相当古くから当地に鎮座されていた云う 伝説によれば 一条天皇正暦元年(990)源頼光が大江山の鬼退治に出陣の途中 当神社に山伏の姿で武運の長久を祈願したとも伝えられています

倭文神社(鳥取市倭文)〈延喜式内社 倭文神社〉

倭文神社(しとりじんじゃ)は 倭文(しとり/しづり)」とも読み「しづ織り」という絹織物のことを指し 機織り(はたおり)を業(なりわい)とする倭文部の民がこの地に居住し 祖神「倭文神・建葉槌命(たけはづちのみこと)」を奉斎したと伝わる 延喜式内社 因幡國 高草郡 倭文神社(しとりの かみのやしろ)です

酒屋神社跡地(松原市三宅中)〈延喜式内社 旧鎮座地〉

酒屋神社跡地〈旧鎮座地〉(さかやじんじゃあとち)は 延喜式内社 河内国 丹比郡 酒屋神社(鍬靫)(さかやの かみのやしろ)の旧鎮座地です かつて神社の西側に酒蓋池(さかぶたいけ)が広がり 池の東北に酒屋井(さかやい)と称する井戸が存在していて その井戸から神が出現したと云う 酒屋権現(さかやごんげん)と呼ばれていた

屯倉神社(松原市三宅中)&〈境内合祀 延喜式内社〉酒屋神社

屯倉神社(みやけじんじゃ)は 三宅天満宮として 上古より鎮座の「穂日の社」と云う天神で 天慶五年(九四二年)菅原道眞公をお祀りしたのがその創建であると云われます 延喜式内社 酒屋神社(さかやじんじゃ)は 同じく三宅に鎮座していましたが 明治40年(1907)神社合祀政策により境内合祀社へ遷座されたものです

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