延喜式神名帳
-

菱妻神社(京都市伏見区久我石原町)〈『延喜式』簀原神社〉
菱妻神社(ひしづまじんじゃ)は 永久元年(1113)久我家の祖 右大臣 源雅実公が奈良の春日大社から天児屋根命を勧請「火止津目(ひしづめ)大明神」と崇奉った 御遷宮の時は具仁親王・源氏(久我家)・藤原氏の一族が牛車三両などを連ねた大社であり 延喜式内社 山城國 乙訓郡 簀原神社(すはらの かみのやしろ)との学説あり
-

菱妻神社(久世築山町)〈『延喜式』乙訓坐火雷神社 名神大・走田・茨田・簀原神社〉
菱妻神社(ひしづまじんじゃ)は 簀原大明神が前身とされるが 詳細は明らかではありません 13世紀頃社名を乙訓坐火雷神社 16世紀頃 菱妻神社に変更と云う 延喜式内社 山城國乙訓郡 乙訓坐大雷神社〔名神大月次新嘗〕・走田神社・茨田神社・簀原神社と4つの式内論社となっています
-

綾戸國中神社(京都市南区久世上久世町)〈『延喜式』大井神社・國中神社・茨田神社〉
綾戸國中神社(あやとくなかじんじゃ)は 元は綾戸宮と國中宮の二社でしたが 現在は合祀され 左が綾戸宮 右が國中宮となっています 3つの式内社〈延喜式内社 山城國乙訓郡 大井神社(おほゐの かみのやしろ)・國中神社(くになかの かみのやしろ)・茨田神社(まむたの かみのやしろ)〉の論社となっています
-

大井神社(右京区嵯峨天龍寺造路町)〈『三代実録』山代大堰神『延喜式』大井神社〉
大井神社(おおいじんじゃ)は 渡月橋の北の詰にあり 大堰神社とも称し 大堰川の守り神として『三代実録』貞観十八年(867)山代大堰神と記載があります 又『延喜式』山城國 乙訓郡 大井神社(おほゐの かみのやしろ)の式内論社ともされています
-

與杼神社御旅所〔旧鎮座地〕(淀大下津町)〈『三代實録』與度神『延喜式』與杼神社〉
與杼神社御旅所(よどじんじゃ おたびしょ)は 桂川の右岸にあり 古来「大荒木の森」と云われた 延喜式内社 山城國 乙訓郡 與杼神社(よひの かみのやしろ)の旧鎮座地で 淀姫社・水垂社・大荒木神社とも称したと伝わる 現在 與杼神社は明治33年(1900)桂川河川敷改修により淀城内(桂川の左岸)に遷座しています





