延喜式神名帳
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椎ヶ脇神社(浜松市天竜区二俣町鹿島)〈『延喜式』猪家神社〉
椎ヶ脇神社(しいがわきじんしゃ)は 延暦二十年(801)征夷大将軍坂上田村麻呂が蝦夷征伐のため下向の折 天竜川が氾濫し大海となり 東岸に渡ることも出来ず困っていた時 土人が筏を作り将軍を渡し 大変喜ばれこの地に減水を祈り「闇淤加美神」を祀ったと伝わる 延喜式内社 遠江國 長下郡 猪家神社(ゐけの かみのやしろ)の論社
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蒲神明宮(浜松市中央区神立町)〈『延喜式』大歳神社・朝日波多加神社・子倉神社〉
蒲神明宮(かばしんめいぐう)は 『三代實録』蒲太神とする説があり これによって三つの式内社〈①遠江國 長上郡 大歳神社(おほとしの かみのやしろ)②遠江國 長上郡 朝日波多加神社(あさひはたかの かみのやしろ)③遠江國 長上郡 子倉神社(こくらの かみのやしろ)〉の論社となっています
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大歳神社(浜松市中央区天王町)〈『延喜式』大歳神社〉
大歳神社(おおとしじんじゃ)は 延喜式内社 遠江國 長上郡 大歳神社(おほとしの かみのやしろ)を合祀しています 元来「天王宮」「天皇宮」「大歳神社」の三社に別れてご鎮座になっていたが 後に合祀され 更に当神社氏子四町の氏神を合祀し現在に至ります
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等乃伎神社(高石市取石)〈『延喜式』等乃伎神社(鍬靫)・〈合祀〉大歳神社(鍬)〉
等乃伎神社(とのきじんじゃ)は 古代の太陽信仰と密接な関係があり『古事記』下巻 仁徳天皇の段には「巨木伝説」が伝わり 又『続日本紀』天平勝宝4年(752)「中臣殿来連竹田売」と記載の中臣氏一族 殿来連が祖先神 天兒屋根命を当社に奉祀した 式内社 等乃伎神社(鍬靫)で 明治期に式内社 大歳神社(貞・鍬)を合祀しています
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舟寄神社(賀茂郡松崎町江奈)〈『延喜式』伊那下神社〉
舟寄神社(ふなよせじんじゃ)は 社伝に「初 古代 嶋にありしを此の地に遷座すと云ふ」とあり 地名の江奈は伊奈の轉訛とし 往古 此地の総称と聞え 中川村の下流にあり伊奈下の称に適すとして 『伊豆神階帳』「從四位いなし利の明神」・『延喜式』伊豆國 那賀郡 伊那下神社(いなしもの かみのやしろ)であると伝えます





