延喜式神名帳

宇努刀神社(厳原八幡宮 境内社)

宇努刀神社(ウノトジンジャ)は 神功皇后(ジングウコウゴウ)が 三韓征伐(サンカンセイバツ)より 凱旋の時に 対馬の上縣郡 豊村に現れて 島大国魂(シマオオクニタマ)神社を拝しのち 佐賀村に 島大国魂神社の御分霊を 皇后(コウゴウ)親(ミズカ)ら祀ったとされ 更に 延徳3年(1491)6月14日 佐賀村より下県郡 厳原八幡宮 境内へと 遷座したと伝わります 六国史『日本三代実録(Nihon Sandai Jitsuroku)(901年)成立』貞観12年(870)3月5日 丁巳の条に神階の昇叙が記され 『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載される古社です

平神社(厳原八幡宮 境内社)

平神社(ひらのじんじゃ)は 厳原八幡宮の境内社です しかし 文献に現れるのは 六国史『続日本後紀(しょくにほんき)』の条文に「承和8年(841)8月・・従5位下」と神階の昇叙が記され 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)にも所載される由緒ある古社です

敢國神社(伊賀市一之宮)〈延喜式内社 大社・伊賀國一之宮〉

敢國神社(あえくにじんじゃ)は 社伝によれば第37代 斉明(サイメイ)天皇4年(658)に創建とされ『延喜式神名帳(927年12月編纂)』に伊賀国の阿拝(アエ)郡の大社 敢國神社とされます・阿閉臣(アヘノオミ)の祖神 大彦命(オオヒコノミコト)・古代に伊賀を拓いた秦氏の信仰する少彦名命(スクナヒコナノミコト)を祀ります

片埜神社〈一の宮〉(枚方市牧野阪)〈延喜式内社〉

片埜神社(かたのじんじゃ)は 社伝に 第11代垂仁天皇〈在位BC29~AD70年頃〉創建とある古社 延喜式内社 片野神社とされ 明治期に 延喜式内社 久須須美神社を合祀しています 戦国時代には兵火にかかり荒廃 天正11年(1583)豊臣秀吉公が大坂城の鬼門鎮護の社と定め 方位鬼門除けに霊験あらたかな社と世に知られます

稚櫻神社(桜井市池之内)

稚櫻神社(わかざくらじんじゃ)は 『日本書紀』第17代 履中天皇(リチュウテンノウ)〈在位400~405年頃〉の条にある 天皇が船遊びをされた「磐余(イワレ)の市磯池(イチシノイケ=磐余池)」や 物部長真胆連(モノノベノ ナガマイノムラジ)が 桜の花を捜し出した「掖上室山(イケノヘ ノ ムロヤマ)」が 隣接していたと伝わっていて 磐余稚桜宮(イワレノ ワカサクラノミヤ)の舞台とする説もあります

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