延喜式神名帳

玉前神社(一宮町)〈『延喜式』玉前神社(名神大)『三代實録』玉崎神〉

玉前神社(たまさきじんじゃ)は 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載の名神大社です 上総国一之宮で格式高い由緒を持ちます 永禄年間(1558~1570)大きな戦火にかかり 社殿・宝物・文書の多くを焼失し 創建の由来や年数 又 名称等が不祥で 神武天皇の御代 あるいは 景行天皇の御代の創立と伝えられます

事任八幡宮(掛川市)清少納言が書いた「枕草子」の中に「ことのまま明神いとたのもし」と書かれた項があります

事任八幡宮は 創建は一説に成務天皇(84年~190)の御代の創立と伝え聞き 大同2年(807)坂上田村麻呂東征の際 桓武天皇の勅を奉じ 旧社地の本宮山より現社地へ遷座したと伝わります 古代より街道筋に鎮座し 朝廷をはじめ全国より崇敬されており 多くの歌人が歌に詠んでいます 平安期の「枕草子」にも記載があります

安仁神社(岡山市東区西大寺一宮)〈元 備前国 一之宮〉

安仁神社(あにじんじゃ)は 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載の名神大社です 備前国の総鎮守とされ 備前国の 元 一之宮で(現 一之宮は吉備津彦神社)創建から2600年以上とも伝えられる岡山県内でも屈指の古社であり 格式の高い大社とされています

都々地神社(対馬 今里)

都々智神社(つつちじんじゃ)は 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)所載「對馬嶋下縣郡 都々智神社」の論社です 本来の 参拝路は 海路になっていて 通常は 尾崎漁港から船で詣でることになります あえて陸路の場合は 山道を越えて向かうところに鎮座します

多久頭魂神社(対馬 豆酘)対馬特有の天道信仰の中心地

多久頭魂神社(たくづだまじんじゃ)は 天神地祇を祀る神体山「龍良山」の遥拝所〈豆酘の里人が遠くからお祈りをする処〉で 古くは『延喜式神名帳』所載の由緒ある古社です 平安期より 神仏習合時して 対馬特有の天道信仰の中心地でした 中世以降は 豆殴御寺と称しましたが 明治に現社号に復しています しかし 境内には未だに神仏混合の名残りがあり 社殿も旧観音堂を使用しています

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