延喜式神名帳

健男霜凝日子神社 下宮(竹田市神原)

健男霜凝日子神社 下宮(たけおしもこりひこじんじゃ げくう)は 上宮が鎮座する「祖母山(ソボサン)山頂」と対面する山の南面の中腹に鎮座しています 参拝には 山麓から約240段の石段を上ります すると山肌に巨大な岩窟があり その岩窟中に社殿が建っています 第36代 孝徳天皇 白雉2年(650)当所に社殿を建立し 下宮と称し遥拝所とされたと伝わります 延喜式内社の論社です

西寒多神社(大分市寒田)

西寒多神社(ささむたじんじゃ)は 社伝によれば 第15代 応神天皇の勅命により 応神天皇9年(278)4月 西寒多山(本宮山)に 祠を建立したと伝わり その後 応永15年(1408)3月 南北朝~室町時代に守護大名 大友親世公により現在地に遷座されました 豊後国一之宮として信仰されています

二上射水神社(高岡市二上)越中総社

二上射水神社(ふたがみいみずじんじゃ)は 二上山麓に鎮座しています 現在の射水神社〈明治8年(1875)高岡城跡「高岡古城公園」へ遷座〉の旧 鎮座地であり 元々は越中国一之宮でした 遷座後も氏子の信仰心と要請により この地には射水神社の分社として 二上射水神社が残され続けました 第二次大戦後 射水神社から独立して 現在では 正式名称を「越中総社 射水神社」と称しています

物部神社(大田市)〈延喜式内社・石見國一之宮〉

物部神社(もののべじんじゃ)は 大和朝廷が出雲の勢力を牽制するために 御祭神の宇摩志麻遅命(うましまじのみこと)が 大和の地から物部氏の一族をひきいて尾張・美濃・越国を平定され さらに播磨・丹波を経て石見国に入り この地に宮居を築かれ 祖神として祀られたものと伝わります

居多神社(上越市五智)〈越後國一之宮・延喜式内社〉

居多神社(こたじんじゃ)は 延喜式内社で 越後国一之宮とされる由緒ある古社 日本海に面する地に鎮座したと伝わり 1207年 越後へ配流された親鸞聖人が最初に参拝した地で「片葉の芦」の伝説が残ります 慶應2年(1866)海岸侵食により社地崩壊のため 社殿を神官宅地内に遷し 明治12年(1879)現在地に遷座しています

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