延喜式神名帳
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中氷川神社(所沢市三ケ島)
中氷川神社(なかひかわじんじゃ)は 社伝によれば 崇神天皇の御時 神託によって素戔鳴尊と奇稲田姫命の二柱を祀る社として勧請され 其後 景行天皇の御時 日本武尊が東征に際してこの地を通り掛かった時に霊意を感じ 天下泰平 国乱鎮護の為 大己貴命 少彦名命の二柱を併せ祀ったと伝えられる式内社 武蔵國 入間郡 中氷川神社(なかひかはの かみのやしろ)の論社です
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中氷川神社(所沢市山口)
中氷川神社(なかひかわじんじゃ)は 社名の由来について 社説では゛上 (かみ)氷川゛〈足立郡大宮〉武蔵國一の宮 氷川神社(さいたま市)と゛奥(おく)氷川゛〈西多摩郡氷川〉氷川神社(奥多摩町) との中間に鎮座するので゛中(なか)氷川゛とされたとします 延喜式内社 武蔵國 入間郡 中氷川神社(なかひかはの かみのやしろ)の論社です
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元森神社〈金鑚神社の旧鎮座地〉・八坂神社(神川町二ノ宮)
元森神社(もとのもりじんじゃ)は 本殿をもたず御室山(御室ヶ嶽)を遥拝した上古に於ける信仰形態と伝わる金鑚神社の社殿跡地です 社伝には景行天皇の御代 (西曆100年頃 )日本武尊(やまとたけるのみこと)が火打石・火鑽金を鎮め祀ったことを創始とする 延喜式内社 武蔵國 兒玉郡 金佐奈神社(名神大)(かなさなの かみのやしろ)の旧跡となります
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金鑽神社(神川町二ノ宮)〈武藏國二之宮〉
金鑽神社(かなさなじんじゃ)は 背後の山全体〈禁足地 御室ケ獄〉を御神体として とくに本殿はなく 自然の山を祀る太古の信仰形態を残しています 社伝には景行天皇の御代 (西曆100年頃 )日本武尊(やまとたけるのみこと)が火打石・火鑽金を鎮め祀ったことを創始とし 延喜式神名帳には武蔵國 兒玉郡 金佐奈神社(名神大)(かなさなの かみのやしろ)と所載の古社です
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佐美長神社・佐美長御前神社(磯部町恵利原)〈伊雑宮所管社〉
佐美長神社(さみながじんじゃ) ・佐美長御前神社四社(さみながみまえじんじゃ)は ともに『皇太神宮儀式帳(こうたいじんぐうぎしきちょう)』〈延暦23年(804)〉に記される伊雑宮の所管社です 『延喜式神名帳(927)』志摩国 答志郡 同島坐神乎多乃御子神社(おなしきしまにます かむをたのみこの かみのやしろ)の論社でもあります
