神話の舞台

神住居神社(対馬 豆酘)神功皇后(ジングウコウゴウ)の「行宮(あんぐう/ゆきみや)」と伝わります

神住居神社(かみずまいじんじゃ)は 〈第14代 仲哀天皇の皇后〉神功皇后(じんぐうこうごう)[摂政の御代〈在位201~269年頃〉]が 三韓征伐で渡航されるとき「行宮(あんぐう/ゆきみや)」とされていた処と伝わり 例祭「豆酘の船浮神事〈カンカン祭り〉」は 神功皇后の出船の祭りであり かつては「さかのぼり」神事〈赤船と白船のお供の人が 分かれて子供たちを捕らえる神事〉があり これは神功皇后が 新羅の軍勢を捕虜にした伝承 に因んでいるとも伝わります

玉の井(和多都美神社 境内)

玉の井(タマノイ)は 記紀神話で有名な「海幸(ウミサチ)と山幸(ヤマサチ)」の段で 彦火火出見尊(山幸彦)と豊玉姫命(トヨタマヒメノミコト)は ここで出逢い互いに一目惚れをして結ばれます 海神宮(ワタツミノカミノミヤ)〈和多都美神社〉で3年を過ごした山幸彦は 海神(ワタツミノカミ)から失った釣針と潮満瓊(シオミツタマ)・塩涸瓊(シオフルタマ)を授かり故郷に帰ります この2つの珠を使い 兄の火闌降命(海幸彦)を服従させて世継ぎとなった 山幸彦は 初代 神武天皇の祖父にあたります

洩矢神社(岡谷市)

洩矢神社(もりやじんじゃ)は 洩矢大神とも称します 神代に諏訪に侵入した外来の勢力 諏訪明神=「建御名方神(たけみなかたのかみ)」に 抵抗した 先住の神「洩矢神(もりやのかみ)」が屈服するという「諏訪の国譲り物語」の舞台とされます 御祭神の「洩矢神(Moriya no kami)」は 諏訪大社上社の神長官「守矢氏(もりやうじ)」の始祖とされています

藤島神社(岡谷市)

藤島神社(ふじしまじんじゃ)は 伝説によれば 諏訪入りした外来勢力の諏訪明神「建御名方神(たけみなかたのみこと)」と先住の神「洩矢神(もりやのかみ)」が争った 諏訪明神(藤島明神)の伝承の地とされます 「藤島社」は 中世~近世以降 天竜川のほとり 三沢村の荒神塚〈石室を備えた円墳「荒神塚古墳(Kojinzuka kofun)」の跡に鎮座している〉とされています

三女神社(宇佐市安心院町)

三女神社(さんみょじんじゃ)は 遠く神代に 天照大神(あまてらすおほみかみ)が この三女神を宇佐嶋に天降らせるときに 天安河原の石を手に取り「この石が落ち留まる所に鎮座せよ」といわれて お投げになられた石が 安心院(あじむ)の地に突き刺さった そのあとから三女神も降りてこられて三女神社が祀られた その刺さった石「三柱石」が境内にあります

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