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石部神社 下社(愛知郡愛荘町沓掛)〈『延喜式』石部神社二座〉
石部神社(いそべじんじゃ)は 「石部・石邊君」などの古代氏族と関係が深く 社伝に創立は崇神天皇の御代 天日方奇比方命を石部邑に奉齋 翌八年九月 大名牟遅尊を相殿に勧請 次いで垂仁天皇の御代 奇比方命の神託により天照皇大神を正座に奉祀と云う 延喜式内社 近江國 愛智郡 石部神社二座(いそへの かみのやしろ ふたくら)です
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石部神社(近江八幡市安土町下豊浦)〈『延喜式』石部神社〉
石部神社(いそべじんじゃ)は 創祀年代不詳ですが 社伝には 景行天皇21年 吾地山に社殿を造営し 勅使の参向を得 盛大なる鎮座祭を斉行 同22年更に勅使参向の栄に浴し 安土山湖水に臨み其の南麓を磯辺の岡と号し社を石部神社と称すと伝える 延喜式内社 近江國 蒲生郡 石部神社(いそへの かみのやしろ)の論社です
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石部神社〈磯部大明神〉(蒲生郡竜王町七里)〈『延喜式』石部神社〉
石部神社〈磯部大明神〉(いそべじんじゃ)は 創立年代は不詳ですが 社伝によれば 正応2年(1289)池内真清等により社殿を奉遷と云い 古くは磯部大明神と称したが 延寶七年(1679)吉田家より正一位の宗源宣旨を受け 石部神社と改称された 延喜式内社 近江國 蒲生郡 石部神社(いそへの かみのやしろ)の論社です
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馬路石邊神社(守山市吉身)〈『延喜式』馬路石邊神社〉
馬路石邊神社(うまじいそべじんじゃ)は 社伝に 白鳳三年(675)建速須佐之男命を奉斎し創祀 朱鳥元年(686)大己貴命を合祀と云う 社名の馬路は「馬道首」に因む地名 石邊は馬道郷の土豪「石邊君氏」の姓 馬道(路)郷の石邊君の氏社で 延喜式内社 近江國野洲郡 馬路石邊神社(むまみちのいそへの かみのやしろ)とされます
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水島磯部神社〈青柳神社〉(上越市清里区青柳)〈『延喜式』水嶋礒部神社〉
青柳神社(あおやぎじんじゃ)は 『坊ケ池誌』に「神殿正面に「水嶋磯部神社(みずしまいそべのかみのやしろ)」の御霊代を その左脇に「弁財天神社」祭神の御霊代 その右脇に「諏訪神社」の祭神の御霊代を安置し奉った」とあり 坊ケ池の弁天島に祀られていた祠を 明治27年(1894)溜池改修工事により現在地に移して改称したものです





