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永倉神社(西白河郡西郷村長坂)
永倉神社(ながくらじんじゃ)は 創建年代は不祥ですが 六国史『日本文徳天皇實録』の斉衡二年(855)官社に列したと記される゛陸奧國 永倉神゛又 延喜式内社 陸奥国 白河郡 永倉神社(なかくらの かみのやしろ)の論社とされています 江戸時代には神明宮と呼ばれていましたが 明治五年(1872)永倉神社に改称されました
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飯豊比賣神社(白河市大信豊地日向)
飯豊比賣神社(いいとよひめじんじゃ)は 創建年代 由緒ともに不詳です 江戸時代には鹿島大明神と称されていたようです 大正十四年(1925)建立の社号標には 神名に鎮座地の飯土用村の名を用いて゛奉納 延喜式 飯土用姫命゛と刻字があります 延喜式内社 陸奥國 白河郡 飯豊比賣神社(いひとよひめの かみのやしろ)の論社です
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鹿嶋神社(白河市大鹿島)〈『延喜式』白河神社〉
鹿嶋神社(かしまじんじゃ)は 社伝によれば 光仁天皇の御代 宝亀年間(770~780)この地に祭られ 弘仁2年(811)坂上田村麻呂が東夷征伐の際 改めて常陸国鹿島大明神を勧請した神社〈白河以北を守る武神〉とされます 延喜式内社 陸奥国 白河郡 白河神社(しらかはの かみのやしろ)の論社でもあります
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白河神社(白河市旗宿関ノ森)
白河神社(しらかわじんじゃ)は 社伝によれば 第13代 成務天皇五年(135年)白河國造命と天太玉命を奉祀し 勅命により鎮座 のち白河の関設置に当たり 関所南北に住吉 玉津島明神を祀る と伝わります 二つの式内社①伊波止和氣神社(いはとわけの かみのやしろ)②白河神社(しらかはの かみのやしろ)の論社となっています
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磐戸別神社(白河市関辺丸沢)
磐戸別神社(いわとわけじんじゃ)は 白河の関山に鎮座します 延喜式内社 陸奥国 白河郡 伊波止和氣神社(いはとわけの かみのやしろ)の旧鎮座地とも 三鎮座の鼎(かなえ)〈三本足の青銅器・土器〉のように・白河神社(白河市旗宿関ノ森)・磐戸別神社(白河市関辺丸沢)・都々古和氣神社(白河市表郷三森都々古山)〉の三社を以て 伊波止和氣神社とも云うと伝わります
