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御船神社〈皇大神宮(内宮)摂社〉〈御同座 牟彌乃神社(内宮末社)〉
御船神社(みふねじんじゃ) 〈皇大神宮(内宮)摂社〉〈御同座 牟弥乃神社(むみのじんじゃ) (内宮末社)〉は 2社ともに゛倭姫命が祝ひ定め給ふ所゛と伝わります ともに中世に廃絶してしまいますが 御船神社は寛文三年(1663)の再興 牟弥乃神社は 御船神社の附近にあったとされますが確定されず明治四年(1871)に 御船神社に御同座奉祀されました
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川原神社〈皇大神宮(内宮)摂社〉
川原神社(かわらじんじゃ)は 『倭姫命世紀』によると倭姫命が宮川の上流から此の邊りを御通過の時 澤道(さはち)の野原を「澤道の小野(さはちのをの)」と名付け祝ひ定められた神社と云う 『皇太神宮儀式帳』〈延暦23年(804)〉に゛川原神社(カハラノヤシロ)一處(ヒトトコロ)゛と記される古社で 皇大神宮(内宮)の摂社です
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神前神社(長浜市木之本町石道)〈『延喜式』神前神社〉
神前神社(かみさきじんじゃ)は 白鳳三年(663)役小角が神前大神を崇敬 神亀元年(724)行基 ゛高尾寺゛を一宇建立するも焼失 延暦15年(796)最澄が行基の聖蹟をたどり 祠(神前神社の旧跡)御前に゛杉の枝゛を玉串として挿した 現在「逆さの杉」と呼ばれる大木となり 氏子は毎年4月参拝し゛神前杉゛に御幣を捧げています
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松下社(伊勢市二見町松下)
松下社(まつしたやしろ)は 倭姫命御一行が二見を訪れ 船を泊められたことから 御船社とも云うとの伝承を持つ古社 現在の神前神社〈皇大神宮(内宮)摂社〉の旧地とも伝わる為 延喜式内社 伊勢國 度會郡 神前神社(かむさきの かみのやしろ)の旧鎮座地とされます
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神前神社〈皇大神宮(内宮)摂社〉(御同座 許母利神社・荒前神社〈内宮末社〉)
神前神社(こうざきじんじゃ)〈御同座 許母利神社(こもりじんじゃ)・荒前神社(あらさきじんじゃ)〉は 3社ともに『皇太神宮儀式帳(804年)』に所載の古社 中世頽廃し廃絶の後 寬文三年(1663)松下村の北方海岸の山麓「カリヤノ森」再興〈儀式帳所載の舊地ではない〉其の後 高浪により山上に移転 さらに明治40年(1907)に現在地に移轉され2社が御同座したものです
