延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)

清野井庭神社〈豊受⼤神宮(外宮)摂社〉

清野井庭神社(きよのいばじんじゃ)は 『止由気宮儀式帳』〈延暦23年(804)〉に載る豊受大神宮(外宮)の摂社で 『延喜式神名帳〈927 AD.〉』には伊勢國 度會郡 清野井庭神社(しのゐての かみのやしろ)と所載される古社です 中世に頽廃し社地不明となりました 現在の社地は 寛文三年(1663)大宮司・河邊精長により 再興されたものです

廣瀬神社(狭山市広瀬)

広瀬神社(ひろせじんじゃ)は 社記によると景行天皇の御代 日本武尊東征の折 当地を流れる入間川が大和国 広瀬河合の地によく似ていることから大和國 廣瀬坐和加宇加乃賣命神社より 若宇迦能賣命を移し祀ったと伝えています 『文徳実録』嘉祥3年(850)6月条に官社に列したと記される 延喜式(927年12月編纂)所載 武蔵国 入間郡 廣瀬神社(ひろせの かみのやしろ)です

疋野神社(玉名市立願寺)

疋野神社(ひきのじんじゃ)は 玉名郡司〈大宝律令(701年)〉日置氏(へきうじ)の守護神〈氏神〉として゛へきの神社゛が゛ひきの神社゛となったとされます 平安時代(840年)官社となり 延喜式内社 肥後国 玉名郡 疋野神社(ひきの かみのやしろ)でしたが 日置氏の没落後には衰退・廃絶し 社殿の跡さえ不明となったものを江戸初期 熊本藩主細川氏が再興し 現在に至ります

六柱神社(大分市佐賀関)

六柱神社(むはしらじんじゃ)は 早吸咩女神社の社伝には 神武天皇の東遷の時 地主神の二神〈黒砂(いさご)真砂(まさご)〉が神劔〈御神体〉を献じ 天皇みずから建国の請願を立てたと云う 創建の地゛古宮゛と伝わります 早吸咩女神社が遷座(701年)後も 里人が祠を建てて祀ってきました

早吸日女神社(大分市佐賀関)

早吸日女神社(はやすひめじんしゃ)は 社伝には 神武天皇の東遷の時 地主神の二神〈黒砂(いさご)真砂(まさご)〉が神劔〈御神体〉を献じ 天皇みずから建国の請願を立てたと云う 創建の地は 西方1.8kmの古宮〈当社と同じ祭神を祀る 現在の六柱神社の場所〉と伝わり その後 現在地へと遷座 式内社 早吸日女神社(はやすひめの かみのやしろ)の論社です

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