延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)

大田神社(京都市北区上賀茂本山)〈上賀茂神社 境外摂社〉

大田神社(おおたじんじゃ)は 賀茂に於ける最古の社と伝わり 賀茂縣主(かものあがたぬし)の一族が移住する以前から 先住民に長寿福徳の神として祀られていたと云われます 鎮座の年代は不詳ですが 『延喜式』〈延長5年(927)成立〉に 式内社 山城國 愛宕郡 太田神社(おほたの かみのやしろ)と所載される由緒ある古社です

日和佐八幡神社(海部郡美波町日和佐浦)〈延喜式内社 和耶神社〉

日和佐八幡神社(ひわさはちまんじんじゃ)は 社伝には 創建は観応2年(1351)と伝わります 『海部郡誌』には 延喜式内社 阿波國 那賀郡 和耶神社(わやの かみのやしろ)の論社とします 鎮座地の大浜海岸は うみがめ産卵上陸地〈国指定文化財・天然記念物〉です 又 秋まつりの太鼓屋台「ちょうさ」も有名です

山森神社(京都市北区上賀茂山本町)〈上賀茂神社 境内末社〉

山森神社(やまもりじんじゃ)は 注進略記に「かつては 浮田森在ニ上賀茂乾(北西)六七町(763m程)、賀茂川西也、祭神三座、號ニ山守社、一年、洪水社流」とあり 神社明細帳(明治16年調)に「現在地から約1.1キロ離れた西賀茂山ノ森に鎮座。鎮座地一帯が賀茂別雷神社の社領となり、上賀茂神社の境内に遷座された」とある

賀茂山口神社〈澤田社〉(京都市北区上賀茂本山)〈上賀茂神社の摂社〉

賀茂山口神社(かもやまぐちじんじゃ)は 『本朝世紀』康治元年(1142)の条に゛賀茂の社司が澤田明神の傍らの池に蛇が出ると言上したことを受けて 軒廊御卜(こんろうのみうら)を行じた゛と記録のある摂社゛澤田社゛で 明治時代になり 延喜式内社 山城國 愛宕郡 賀茂山口神社(かものやまくちの かみのやしろ)とされました

久我神社(京都市北区紫竹下竹殿町)〈上賀茂神社 境外摂社〉

久我神社(くがじんじゃ)は 延喜式内社 山城國 愛宕郡 久我神社(こが/くが の かみのやしろ)です 祭神は゛賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)゛〈神武天皇東征の時 先導した八咫烏(やたがらす)とされ 賀茂別雷神社〈上賀茂神社〉の祭神 賀茂別雷命の祖父〉を祀ります 上賀茂神社の境外摂社となっています

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