延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)

御蔭神社(京都府京都市左京区上高野東山)〈下鴨神社 境外摂社〉

御蔭神社(みかげじんじゃ)は 太古 賀茂の大神が降臨された所〈御生山(みあれやま)〉と所伝があり 現在でも 葵祭に先立って 祭神を降臨地である御蔭山から賀茂社へ迎える御生(みあれ)神事が行われています 綏靖天皇の御代(BC581)に創建起源とされ 二つの式内社〈①出雲髙野神社②小野神社二座 鍬靫〉の論社でもあります

猿田彦神社(京都市上京区上御霊前通烏丸東入上御霊前町)〈平安京遷都を託宣せる神〉

猿田彦神社(さるたひこじんじゃ)は 桓武天皇が この神の託宣により平安遷都を決意され 延暦12年(793)勅願によって社殿を造営と伝えます かつての広大な境内も 応仁の乱以後 度々火災に遭い悉く焼失 寛政5年(1793)現在地に遷座 延喜式内社 山城國 愛岩郡 出雲髙野神社(いつもの たかのの かみのやしろ)の論社です

上御靈神社(京都市上京区上御霊前通烏丸東入上御霊竪町)

上御霊神社(かみごりょうじんじゃ)は 平安時代 御霊の祟りを恐れ 貞観5年(863)御霊会が修せられたのが 両御霊神社の創祀と云う 元は愛宕郡出雲郷の出雲路にある出雲氏の氏寺・上出雲寺に祀られた鎮守社 二つの式内社〈出雲井於神社(いつものゐのうへの かみのやしろ)出雲髙野神社(いつものたかののかみのやしろ)〉の論社です

下御靈神社(京都市中京区寺町通丸太町下ル下御霊前町)

下御靈神社(しもごりょうじんじゃ)は 平安時代 御霊の祟りを恐れ 貞観5年(863)御霊会が修せられたのが 両御霊神社の創祀と云う 元は愛宕郡出雲郷の出雲路にある出雲氏の氏寺・下出雲寺の御霊堂に祀られた鎮守社で 社家は代々出雲路家が司り 延喜式内社 愛岩郡 出雲井於神社(いつものゐのうへの かみのやしろ)ともされます

井上社〈御手洗社〉(京都市左京区下鴨泉川町)〈下鴨神社 境内社〉

井上社(いのうえのやしろ)は 賀茂斎院の御禊や解斎 関白賀茂詣の解除に参拝された御手洗社(みたらしのやしろ)で 旧鎮座地は 高野川と鴨川の合流地東岸〈文明二年(1470)焼亡〉文禄年間(1592~96)ここに再興〈井戸の井筒の上に祀られ井上社と呼ぶ〉式内社 出雲井於神社(いつものゐのうへの かみのやしろ)の論社です

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