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磐裂神社(日光市遠下)〈足尾郷14ケ村の鎮守〉

磐裂神社(いわさくじんじゃ)は 秩父の妙見・相馬の妙見・足尾の妙見を関東三妙見と称したと云う 大同3年(808)足尾5氏(神山、星野、倉沢、斉藤、亀山or細内)と言われる一族14人が日光から移住した時 妙見宮の分身を拝受し足尾郷14ケ村の鎮守と定め 明治11年(1878)足尾銅山を再開した際 磐裂神社と改称されました

青龍神社(日光西町五社)

青龍神社(せいりゅうじんじゃ)は 日光西町五社の一つです 弘法大師(空海)が滝尾・寂光を開いた時に弟子が ご加護を祈って京都醍醐の青龍神を移し祀ったと伝わります 明治維新以前には「青龍大権現」と称していました 本町の氏神様で 東照宮・二荒山神社の大祭の前には晴天を祈って祈晴際が行われます

瀧尾神社(日光市山内)〈弘仁11年(820)弘法大師空海が創建 日光瀧尾女躰権現〉

滝尾神社(たきのおじんじゃ)は 弘仁11年(820)弘法大師空海(くうかい)が創建したと伝え 江戸時代までは 日光山を信仰する三社の1つとして 日光三社権現(にっこうさんしゃごんげん)(滝尾権現・新宮権現・本宮権現)と呼ばれていました 女峰山を御神体山と仰ぎ 田心姫命(たごりひめのみこと)を祀り「女体中宮」とたたえます

本宮神社(日光発祥の地)

本宮神社(ほんぐうじんじゃ)は 神護景雲元年(766年)勝道上人(shodo shonin)が「山菅の蛇橋」(現在の神橋)を渡りこの地(日光)に神仏を祀り 庵を結んだのが始まりとされています ここは日光の原点であり 二荒山神社発祥の地であり 開運の神社と言われます 古くは 新宮(現在の二荒山神社)と滝尾神社と共に 日光三社と呼ばれていました

若子神社(日光市)& 池石(生石)(ikeishi)

若子神社(じゃっこじんじゃ)は 弘仁11年(820)日光を訪れた弘法大師(空海)が 「白糸の滝」で修行し滝尾神社(たきのおじんじゃ)を開き 次いで この「寂光の滝」で修行した時 夢の中で女神のお告げを受け ここに祠を建てたと伝えられます 往時は神仏習合し 寂光権現と称していましたが 明治以降「若子神社」と改められます 境内の直下には日光八景に数えられる「寂光の滝」があります

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