shrine-heritager

沙沙貴神社(近江八幡市安土町常楽寺)〈延喜式内社〉

沙沙貴神社(ささきじんじゃ)は 遠く神代に少彦名神を祀り 古代に沙沙貴山君(ササキヤマノキミ)が大彦命を祀り 景行天皇が 志賀高穴穂宮の遷都の時 大規模な社殿を造営と伝わり やがて 宇多天皇と皇子の敦實親王が 宇多源氏の祖 佐々木大明神として祀られ それ以降 佐々木源氏の氏神とされて子々孫々が篤く崇敬しています

別雷神社(静岡市)

別雷神社(わけいかづちじんじゃ)は 社伝によれば 創建を 第15代 応神天皇4年(273年頃)とする古社で 大宝3年(703)に創市の「安倍の市(静岡)」と称する物資交流の中心地の守護神とされていて 祭神は別雷神(ワケイカヅチノカミ)と玉依姫命(タマヨリヒメノミコト)を祀ります 静岡市葵区の七間町に鎮座する(927年12月編纂)『延喜式神名帳』所載社の論社です 

大避神社(赤穂市)

大避神社(おおさけじんじゃ)は 秦河勝公(はたのかわかつのきみ)を御祭神とします 公は中国より渡来した秦氏の子孫で 秦氏の長として 朝廷に仕え 特に聖徳太子に寵任されましたが 太子亡きあと蘇我入鹿の迫害を避けて 海路で坂越浦に漂着になられ この地の開拓を進めた後 大化3年(647)没した その御霊は神仙化し 地元の民が 朝廷に願い出て 祠を築き祀ったのが創建と伝えられています

大酒神社(右京区太秦蜂岡町)〈『延喜式』大酒神社(元名 大辟神)〉

大酒神社(おおさけじんじゃ)は 京都 太秦(うずまさ)の土地神 元々は 広隆寺の寺内に鎮座していた 秦氏に纏わる諸説ある謎多き神社です 祭神はなんと 秦始皇帝(シンノシコウテイ)で 元の名称は「大避(おおさけ)」又は中国(China)でキリスト教の「ダビデ」を意味する「大闢(ダイビャク)」と呼ばれたと伝わります

木嶋坐天照御魂神社(蚕の社)〈『延喜式』木島坐天照御魂神社〔名神大 月次相嘗新嘗〕

木島坐天照御魂神社(このしまにます あまてるみたまじんじゃ)〈蚕の社〉は 秦氏の祭祀に深く関わる京都市内最古の神社の一つと云う 境内「元糺(モトタダス)の池」に「三柱鳥居(ミハシラノトリイ)」と呼ぶ正三角形に柱を組んだ鳥居があり その三柱鳥居の中心点に円錐形に小石を組み上げた神座が座し 御幣が依代として立てられています

Copyright© Shrine-heritager , 2026 All Rights Reserved.