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香取神宮(香取市)の摂社(9社)・末社(21社)合計30社

香取神宮(かとりじんぐう)の 摂社(せっしゃ)9社・末社(まっしゃ)21社・合計30社と境内・境外の要所について

天手長比売神社跡(壱岐市郷ノ浦町)

天手長比賣神社跡(あまのたながひめじんじゃあと)は 延宝4年(1676)平戸藩命で式内社調査を国学者の橘三喜が行い 鎌倉時代の元寇により荒廃し その後廃絶 所在不明だった天手長比賣神社を 物部邑の五所姫大明神幡宮・姫大明神と呼ばれていた当社に推定し比定したもので〈昭和40年(1965)天手長男神社に合祀〉され 現在は跡地です

天手長男神社(壱岐市郷ノ浦町田中触)〈壱岐嶋一之宮〉

天手長男神社(あまのたながおじんじゃ)は 鎌倉時代の元寇により荒廃 その後廃絶し 所在も不明となっていました 延宝4年(1676)平戸藩主の命により藩の国学者 橘三喜が 現地の地名「たなかを」から(たながお)推定し比定したものです それ以前は 天手長男神社の由緒は無いとされていた 櫻江村 若宮と云われた式外社でした

香取神宮 要石 & 押手神社(香取市香取宮中)

香取神宮 要石(かなめいし)は 香取・鹿島の二柱の大神が 葦原中國を平定し 香取ヶ浦に至った時 地震を起こす大鯰(おおなまず)を鎮めるため 地中深くに石棒を差し込み 鯰の頭尾をさし通した霊石だと古くから伝えらます 押手神社(おしてじんじゃ)は この要石を向いて 宇迦之御魂神〈農耕の神〉を祀ります

鹿島神宮 跡宮(鹿嶋市神野)

鹿島神宮(かしまじんぐう)跡宮(あとのみや)は 鹿島の大神が初めて天降(あまくだ)り給いし所とされ 鹿島大神に仕える物忌(ものいみ)〈高い位の女性(巫女)祭主〉が傍らに居住していました 社伝には 天種子命〈神武天皇の御世〉又は国摩大鹿島命〈第11代垂仁天皇〉により宮柱を建てたとあり 鹿島神宮と同じく2000年以上の古い歴史を持ちます

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