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高御祖神社(壱岐市芦辺町諸吉仲触)

高御祖神社(たかみおやじんじゃ)は 社伝に 嵯峨天皇 弘仁2年(811)に建立とあります 紀州田邊の熊野権現を勧請したとされ 延寶の調(1676)〈平戸藩の国学者橘三喜の式内社調査〉により 式内社 高御祖神社と改められました

水神社(壱岐市勝本町布気触)

水神社(みずじんじゃ)は 社伝に 御祭神 速秋津日神が 布氣川を上った巽射辻(たつみいのつじ)といふ所に下津岩根に瑞御殿(みずのみあらか)を建てまつり鎮座したが 海上を通る船が 帆を下ろして神を敬わないと祟りがあったので 海の見えない水本山に遷座したと記しています 式内社の水神社(みつの かみのやしろ)とされています

津神社(壱岐市郷ノ浦町牛方触)

津神社(つじんじゃ)は 社伝に「嵯峨天皇 弘仁二年(811)の草創 延喜式内 壱岐国 廿四座の一なり」とあり 『延喜式神名帳927 AD.』所載 石田郡 津神社(つの かみのやしろ)の論社です 郷ノ浦町牛方触(うしかたふれ)の津ノ上山(つのかみさん)〈角上山〉は 壱岐郡と石田郡の郡境にあり  式内社 壱岐郡 角上神社(つのへの かみのやしろ)ともされます

津之宮神社(壱岐市石田町池田西触)〈延喜式内社〉

津之宮神社(つのみやじんじゃ)は かつて神坂津宮大明神と称され 国府に近く 壱岐国の津〈現 印通寺港〉であったこの鎮座地は 地名も津宮と呼ばれる程の大社であったとされます 故に二つの式内社・国津神社(くにつかみのやしろ)・津神社(つの かみのやしろ)の論社とされています

國津神社(壱岐市郷ノ浦町渡良浦)〈延喜式内社〉

國津神社(くにつじんじゃ)は 三つの式内社の論社〈『延喜式神名帳927 AD.』所載 壱岐嶋 石田郡・国津神社(くにつかみのやしろ)・津神社(つの かみのやしろ)・物部布都神社(もののへのふつの かみのやしろ)〉とされます 神功皇后が「異国退治して無事帰朝せれば この所の守護神と成る」との伝説があります

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