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高負彦根神社(吉見町田甲)
高負彦根神社(たかおひこねじんじゃ)は 吉見丘陵の東北端 ポンポン山〈玉鉾石〉に鎮座します 創建は和銅三年(710)と伝えられ 宝亀三年(772)の太政官符には 武蔵国の班幣対象社四社の内として「横見郡 高負比古乃社」と記される古社 延喜式内社 武蔵國 横見郡 高負比古神社(たけふひこの かみのやしろ)とされています
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野芽神社(吉見町和名)〈郷土史研究家による推定 参考式内論社〉
野芽神社(のげじんじゃ)は イネ科植物の穂先を芒(のげ)と云い ここから゛野芽(のげ)゛を社号として 穀霊を祀って創祀したのではないかと伝わります 横見郷を見渡す吉見丘陵の上に鎮座し 郷土史研究家の説に 延喜式内社 武蔵國 横見郡 横見神社(よこみの かみのやしろ)との推論もあります
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横見神社(吉見町久保田)〈『延喜式』横見神社〉
横見神社(よこみじんじゃ)は 社伝によれば 建長年間(1249~56)の大洪水の際 飯玉明神社〈現 横見神社(吉見町御所)〉の御神体が窪田村(当時)に漂着し 貴い神の来臨と捉え 愛宕社の社地〈当地〉にお祀りしたものと伝えます 故に延喜式内社 武蔵國 横見郡 横見神社(よこみの かみのやしろ)の論社ともされています
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横見神社(吉見町御所)〈『延喜式』横見神社〉
横見神社(よこみじんじゃ)は 社伝に創建は和銅年間(708~715年)・平安時代末~中世には吉見氏の居館゛吉見の御所゛があり゛御所゛が地名となった 中世~有力農民層の管理に移り〈穀霊信仰により〉飯玉氷川明神社と社号改称 その後 延喜式内社 武蔵國 横見郡 横見神社(よこみの かみのやしろ)の論社として社号を戻したとある
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氷川神社(吉見町上細谷)〈『延喜式』横見神社〉
氷川神社(ひかわじんじゃ)は 細谷郷〈細長い谷という意から名付けられた郷〉の惣鎮守 飯玉氷川神社〈式内社に比定される横見神社〉から分霊を受けたものと思われますが 延喜式内社 武蔵國 横見郡 横見神社(よこみの かみのやしろ)の論社とする説もあります
