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八尋殿・神服織機殿神社(松阪市大垣内町)〈皇大神宮(内宮)所管社〉
神服織機殿神社(かんはとりはたどのじんじゃ)は 八尋殿(やひろでん)の守護神を祀り〈機殿〉八尋殿で奉織した和妙(にぎたえ)の神衣は 神御衣祭(かむみそさい)で皇大神宮・荒祭宮に供進されます 起源は『倭姫命世記』垂仁天皇22年機屋を作り 25年磯宮に服織社を建て 五十鈴川上に御鎭座の時 大宮の傍に八尋の機屋〈宇治の機殿〉を建て 清寧天皇3年(482)服織社の地に移ったとします
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御鹽殿・御塩殿神社〈皇大神宮(内宮)所管社〉
御塩殿神社(みしおどのじんじゃ) 〈皇大神宮(内宮)所管社〉は 元来 御酒殿神又は由貴御倉神と同じく 独立の神殿を設けず 御鹽殿内に奉祀されていました 後世に至り 別に神殿を造立し 現狀と為します 御塩殿(みしおどの)では 三角錐の土器型に荒鹽(あらしお)を入れ 忌火で焼き固めた堅鹽(かたしお)を作り これを御鹽(みしお)と云い 神宮に調進します
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御食神社(伊勢市神社港)〈豊受⼤神宮(外宮)摂社〉
御食神社(みけじんじゃ) 〈豊受大神宮(外宮)摂社〉は 『倭姫命世紀』に「倭姫命が皇大神宮御遷幸の時 鷲取老翁が清水を奉り その功績を賞し 水饗社(みけのやしろ)を定めた」と起源を伝える古社 中世に廃絶しますが 寛文3年(1663)現社地で再興された 延喜式内社 伊勢國 度會郡 御食神社(みけの かみのやしろ)です
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河原淵神社〈豊受⼤神宮(外宮)摂社〉
河原淵神社(かわらぶちじんじゃ) 〈豊受大神宮(外宮)摂社〉は 延喜式内社 伊勢國 度會郡 川原淵神社(かはらふちの かみのやしろ)に比定される古社です 中世に社地が湮滅し 寛文三年(1663)船江町檜尻(ひのきじり)の檜尻社の境内に再興されました この檜尻社が 式内社 川原大社(かはらの おほやしろ)の論社になっています 明治十一年(1878)現社地に遷座しました
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船江上社(伊勢市船江)
船江上社(ふなえかみのやしろ)は 延喜式内社 伊勢國 度會郡 川原淵神社(かはらふちの かみのやしろ)の旧跡地であったとする説を度会延賢〈享保3年(1718)『二十二社参詣記』著者の渡会延賢〉が唱え 以来これが通説となり 明治11年(1878)当社域内に外宮摂社 河原淵神社が遷座されてきました
