勝田杉山神社(横浜市都筑区勝田町)

勝田杉山神社(かちだ すぎやまじんじゃ 中原街道が早淵川南岸の台地に上がる地点に鎮座 この台地か考古学発掘調査で 奈良・平安時代の竪穴住居址 掘立柱建物址からなる集落址勝田原遺跡゛が発見されました 杉山神社の論社とされる茅ヶ崎社西八朔社吉田社にはこうした基礎となる集落が判明しておらず 勝田社を式内杉山社の有力候補と推定する説があります

目次

 1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

 【神社名(Shrine name

杉山神社(Sugiyama shrine

 通称名(Common name)

勝田杉山神社(かちだ すぎやまじんじゃ

【鎮座地 (Location) 

神奈川県横浜市都筑区勝田町1231

  (Google Map)

 【御祭神 (God's name to pray)】

《主》五十猛命(いたけるのみこと)
   日本武尊(やまとたけるのみこと)

 《配》應神天皇八幡大神

 明治44191112 合祀
大己貴命日枝神社(山王権現)
   大日孁貴尊神明社(神明太神)

 【御神徳 (God's great power)】(ご利益)

 【格  (Rules of dignity) 

・『延喜式神名帳engishiki jimmeicho 927 AD.所載社

【創  (Beginning of history)】

 創建年代不詳

 【由  (History)】

 社殿改築之碑

祭神
杉山神社 五十猛命 日本武尊

内 日枝神社 大己貴命
  稲荷明神 倉稲魂命

内 八幡大神 神天皇
  稲荷明神 倉稲魂命

内 神明太神 大日孁貴尊
  稲荷明神 倉稲魂命

  當社は新武蔵風土記稿に、村の乾(北西)の方にあり、本社一間半に二間、拝殿三間に二間、本社に作りそえて東に向かへり、神躰は不動 木の立像にて。長八寸なるを安置す又八幡稲荷を合殿に置り 例祭は年々八月二十一日。村の鎮守にて村民の持なり。社の勧請は伝へざれど應永の鰐口を社前に掛く。、、、かかるものあれば古社なるよし。、、、山王稲荷合社 村の中央にて乾の方に向ふ 村民の持太神宮稲荷合社 村の東にあり村民の持。

  天保九戌年八月十七日社殿を造営、弘化三丙午年九月鳥居建立、明治六年十二月村社に列せらる。
明治廿四年九月狛犬 明治廿七年九月石坂を新築、明治四十四年一月二日無格社、日枝神社(山王権現)神明社(神明太神)を合祀。
大正十五年丙寅年十月十日、本殿 幣殿 拝殿を改築、同年十月十九日神饌幣帛料供進神社に列せらる。昭和二年二月石坂五段を新築、昭和二十七年十月十九日神楽殿を改築、昭和二十八年八月十三日登記、宗教法人杉山神社と改む。昭和四十六年十二月社殿屋根葺替、昭和五十五年十月裏参道完成今日に至る、氏子数七拾弐戸なり。
當地区は横浜市六大事業の一環として港北ニュータウン造成開発が進み、町内三箇所の灌漑用水池も姿を消す事となり、その内谷池を市より払下げを得水利組合の所有地として仮換地指定を受ける。昭和六十三年勝田会館建設のため所有地を処分し建設資金に充当、相当額の残余有神社護持と将来地域の発展をふまえ、最良再建の期と考え、水利組合、氏子中、満場一致の賛同を得、平成二年三月建設委員会発足、社殿の造営、稲荷明神の建立、社務所の新築、境内の諸整備を進め、竣成なる。誠に慶賀の至り茲に謹んで御遷宮祭を奉祝す。
敬白

平成四壬申年十月吉日
杉山神社 総代 建設委員長 関 恒三郎

現地石碑文より

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神社の境内 (Precincts of the shrine)】

・社殿

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・稲荷明神(いなりみょうじん)《主》倉稲魂命

〈社殿向かって右横〉

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・御嶽山神社

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神社の境外 (Outside the shrine grounds)】

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 この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

 この神社は 由緒(格式ある歴史)を持っています

『續日本後紀(Shoku nihon koki)〈貞観11年(869)完成〉』に記される伝承

 枌山(スキヤマノ)神社or゛杦(スキヤマノ)名神゛として
承和五年(八三八)官社に預かった事 承和十五年(八四八)神階の奉授 が記されています

 【抜粋意訳】

第七 承和五年(八三八)二月庚戌廿二〉の条

 ○庚戌
武藏國 都筑(ツツキノ) 枌山(スキヤマノ)神社 らむ官幣てなり靈驗あるを

 十八 承和十五年(八四八・嘉祥元年)五月庚辰廿二〉の条

 庚辰
上幸冷泉院を  地震せり 奉授 武藏國 无位 杦山名神從五位下

【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス『続日本後紀』(869)貞観11年完成 選者:藤原良房/校訂者:立野春節 刊本 寛政07年[旧蔵者]内務省https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000047680&ID=&TYPE=&NO=

国立公文書館デジタルアーカイブス『続日本後紀』(869)貞観11年完成 選者:藤原良房/校訂者:立野春節 刊本 寛政07年[旧蔵者]内務省https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000047680&ID=&TYPE=&NO=

『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)(927年12月編纂)に所載
(Engishiki JimmeichoThis record was completed in December 927 AD.

 延喜式Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂
その中でも910を『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)といい 当時927年12月編纂「官社」に指定された全国の神社式内社の一覧となっています

「官社(式内社)」名称「2861
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」

 [旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)東海道 731座…大52(うち預月次新嘗19)・小679

[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)武蔵国 44座(大2座・小42座)

[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)都筑郡 1座(小)

[名神大 大 小] 式内小社

[旧 神社 名称 ] 杉山神社
[ふ り が な ](すきやまの かみのやしろ)
[Old Shrine name]Sukiyama no kamino yashiro)

 【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス  延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用

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【オタッキーポイント】Points selected by Japanese Otaku)

あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

 延喜式内社 武蔵国 都筑郡 杉山神社(すきやまの かみのやしろ)の論社について

 式内社 杉山神社〈武蔵国 都筑郡 唯一の式内社〉の所在については 諸説がありますが いずれも確証はなく 未だに比定はされていません
しかも その論社の数は非常に多く〈杉山神社(杉山社 椙山神社)と号する神社は 都筑郡(横浜市北部)と周辺に70社程〉存在しました

 現在でも旧跡も含めて40社以上あり この中から 式内社 杉山神社の有力な論社を挙げます

式内社 武蔵國 都筑郡 杉山神社(すきやまの かみのやしろ)

杉山神社横浜市緑区西八朔町

大棚・中川 杉山神社横浜市都筑区中川

・杉山神社(横浜市港北区新吉田町

・杉山神社(横浜市都筑区茅ケ崎中央

戸部杉山神社横浜市西区中央

星川杉山神社(横浜市保土ケ谷区星川

・杉山神社(横浜市港北区新羽町

勝田杉山神社横浜市都筑区勝田町

・鶴見神社杉山大明神横浜市鶴見区鶴見中央

川島 杉山神社(横浜市保土ケ谷区川島町)

その他の主な〈杉山神社(杉山社・椙山神社)について

都筑郡(横浜市北部)と周辺
杉山神社 (鶴見区岸谷)《主》日本武尊
杉山神社 (神奈川区片倉)《主》大物主命
杉山大神 (神奈川区六角橋)
杉山社(神奈川区菅田町)《主》五十猛命
杉山社(神奈川区菅田町)《主》五十猛命
杉山神社 (南区南太田) - 横濱水天宮《主》日本武尊,《配》天照皇大神,大物主神,崇徳天皇,豊受比売神,菅原道真《合》大山咋神,木花咲耶姫命,天照皇大神,稲倉魂命,宇気母智命
杉山神社 (南区宮元町)《主》市杵島姫命,《配》木花開耶姫命《合》天照皇大神,宇賀御魂命
杉山神社 (保土ケ谷区和田)《主》日本武尊
杉山社 (保土ケ谷区仏向町)《主》五十猛命
杉山社 (保土ケ谷区上星川)《主》日本武尊
杉山社 (保土ケ谷区西久保町)《主》五十猛命
杉山神社 (保土ケ谷区坂本町)
杉山神社 (港北区岸根町)《主》五十猛命,大山祇命
杉山神社 (港北区新羽町)《主》大己貴命
杉山神社 (港北区樽町四丁目)《主》日本武尊《合》素盞嗚命
杉山神社 (緑区中山町)《主》五十猛命
杉山神社 (緑区青砥町)《主》五十猛命,《配》日本武尊,応神天皇,大日霊貴命,面足尊
杉山神社 (緑区鴨居)《主》日本武尊《合》天照大神
杉山神社 (緑区三保町)《主》日本武尊
杉山神社 (緑区寺山町)《主》五十猛命
千草台杉山神社 (青葉区千草台)《主》五十猛命《合》素盞嗚命,大日霊命,豊受姫命,大己貴命,保食神
市ヶ尾杉山神社 (青葉区市ケ尾町)《主》五十猛命
みたけ台杉山神社 (青葉区みたけ台)《主》五十猛命,《配》誉田別命
上恩田杉山神社 (青葉区あかね台)《主》日本武尊
鐵神社 (青葉区鉄町) - 旧社名:青木明神・杉山明神合社
杉山神社 (都筑区大熊町)《主》日本武尊《合》天御中主命,伊弉諾命,伊弉冉命,面足命,稲田姫命,天照皇大神
杉山神社 (都筑区佐江戸町)《主》五十猛命
杉山神社 (都筑区池辺町)《主》五十猛命

神奈川県(横浜市以外)
杉山大神 (川崎市幸区小倉)
杉山神社 (川崎市高津区末長) 《主》五十猛命
杉山社 (川崎市多摩区西生田)《主》日本武尊
杉山神社(三浦郡葉山町上山口)《主》大物主命,豊佐賀男命,伊邪冉命,早玉命,向津日売命

 東京都
江島杉山神社 (墨田区千歳) - 江戸時代の杉山検校(杉山和一)を祀る
杉山神社 (稲城市平尾)《主》日本武尊,《配》弟橘姫命《合》須佐之男命,猿田彦命
椙山神社 (町田市三輪町)
杉山神社 (町田市成瀬)《主》日本武尊,《配》天照大神,熊野大神
杉山神社 (町田市金森)《主》日本武尊
杉山神社 (町田市金森)《主》日本武尊
杉山神社 (町田市つくし野)
杉山神社 (町田市能ヶ谷) - つくし野出張社務所《主》日本武尊,事代主命,大山咋命

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【神社にお詣り】(For your reference when visiting this shrine)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

 社頭に鳥居あるも 駐車スペースが無く 境内に沿って坂道を上がり広めの場所に停車 

 社殿の真横辺りから 境内への道路が付けられていました

勝田杉山神社(横浜市都筑区勝田町)に参着

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社殿の右横には 境内社 稲荷明神 が祀られています

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拝殿にすすみます

 賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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社殿は コンクリート製 拝殿 幣殿 本殿の覆屋が一体となっています

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 大正時代の社殿の様子が『都筑郡神社写真帳』にありました

神奈川県神職会都筑郡支部 編『都筑郡神社写真帳』,神奈川県神職会都筑郡支部,大正10. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/967654 (参照 2023-09-14)

 こちらが 本来の参道で 北北東へと伸びています

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社殿に一礼をして 右手から出ます

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神社の伝承】(A shrine where the legend is inherited)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

『神名帳考証土代(Jimmyocho kosho dodai)』〈文化10年(1813年)成稿〉に記される伝承

 式内社 杉山神社について 小六天神(古呂玖宮 ころくみや)〈現 港区赤坂の氷川神社の旧鎮座地(古呂故が岡 ころこがおか)or氷川神社の境内社 四合稲荷に合祀された古呂故天神社境内に鎮座していた呂故稲荷(ころこいなり)〉ではないかと記しています
その他に゛小机庄の内 小机村にあり杉山明神゛゛吉田村゛とも記しています

 【抜粋意訳】

都築郡一座 杉山(スギヤマ)神社

 續日本後記
承和月庚戌、武蔵國 都筑郡 杉山神 之官幣以霊験也、同十五月庚辰、奉授 武蔵國 無位 杉山名神 從五位下

 ゛春村云 古呂玖天神をここに つけたるは 小六と称ちかき故るいみなり 強ことなり 杦山とす橘樹郡宿見村にあり 往古は此地 都築郡ならん為へしこの神社の参あらひに杦の字の事なり附考巻一にたはしく出つしみるべし

 惣風
荏原郡赤坂庄 小六天神 或 古呂故 圭田三十五束三毛田 天武天皇三年甲戌十一月始行神札有神戸巫戸所祭 大己貴命 少彦名韓神也 号小六者以古呂故 岡名之故也

 地考
古呂玖宮 江府赤坂にあり氷川明神と称す
〇或いは曰 都築郡の内 小机庄の内 小机村にあり杉山明神と称す
〇或いは曰 吉田村にあり
〇信友云  對馬嶋上縣郡 胡禄神社 又 胡禄御子神社あり 古呂玖宮と同神也
又云 (スギ)は杉の古書の例之 能登國鳳至郡 神神社あり

 【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブ『神名帳考証土代』(文化10年(1813年)成稿)選者:伴信友/補訂者:黒川春村 写本 [旧蔵者]元老院https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000039328&ID=M2018051416303534854&TYPE=&NO=画像利用

『新編武蔵風土記稿(Shimpen Musashi fudokiko)』文政13年(1830)完成 に記される伝承

 勝田杉山神社(横浜市都筑区勝田町)ついて 勝田村にある゛杉山社゛と記し とくに 式内社 杉山神社との関係性については述べていません

 但し、当社が古社である証拠として゛應永の鰐口を社前に掛く゛とあるが
この鰐口は 本来は 橘樹郡下菅生村御嶽社ものであろうとしている

 橘樹郡下菅生村御嶽社蔵王権現〉の条には゛多磨郡勝田村杉山神社に古き鰐口あり゛ これは御嶽社にあったものであると記している

 挿絵には 確かに゛敬白蔵王権現武州下多東郡菅生大蔵應永五六月道圓゛と銘があります

 【抜粋意訳】

 新編武蔵風土記稿 巻之八十七  都筑郡巻之七 小机領 勝田村

 杉山社

 除地 五畝 此外免田三段四畝 村の乾の方にあり 本社二間半に二間 拝殿三間に二間 本社に作り そへて東にあり 神體は不動木の立像にて長八寸なるを安置す  八幡稲荷を合殿に置り 例祭は年々八月二十一日村の鎮守にて村民の持なり
當社の勧請は傳へざれど 應永の鰐口を社前に掛く 其圖上にのす かかるものあれば古社なるよしいへど かいがたし  橘樹郡下菅生村の條合せ見るべし

 山王稲荷合社
除地 二畝 村の中央にて乾の方に向ふ 村民の持なり

 太神宮稲荷合社
除地 二畝許 村の東にあり 村民の持

 新編武蔵風土記稿 巻之六十  橘樹郡巻之三 稲毛領 下菅生村

 御嶽社

 蔵敷の内字犬蔵にあり 宮作りにて上屋あり 例祭 年々九月二十九日神楽を奏す 勧請の年代を傳へず
按に 多磨郡勝田村杉山神社に古き鰐口あり 其文に敬白蔵王権現武州下多東郡菅生大蔵應永五六月道圓としるせり この鰐口をかの社の物なりといへど疑ふべし 恐くは當社のものにていつの頃よりか故あつて杉山の社にかけしものならん この御嶽社は多く蔵王権現をまつりしものにて 字犬蔵の地なるを以てをもへば 菅生大蔵とあるは全く犬蔵の地なるを あやまり書せしものなるべし 又今は此村橘樹郡に屬しぬれど 古へは多磨郡の内なることもしらる 地界もまた多磨の内とをもはるれど いつの頃よりか當郡にいれり 寳蔵寺持

 【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス『新編武蔵風土記稿』 著者:間宮士信[数量]265巻80冊[書誌事項]活版 ,明治17年 , 内務省地理局[旧蔵者]太政官正院地志課・地理寮地誌課・内務省地理局https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000002820&ID=M2017051812110439332&TYPE=&NO=

国立公文書館デジタルアーカイブス『新編武蔵風土記稿』 著者:間宮士信[数量]265巻80冊[書誌事項]活版 ,明治17年 , 内務省地理局[旧蔵者]太政官正院地志課・地理寮地誌課・内務省地理局https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000002820&ID=M2017051812110439332&TYPE=&NO=

『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承

 式内社 杉山神社の所在について「分明ならず」として いくつかの説を挙げています
吉田村字杉山〈現 杉山神社(新吉田町)
小机郷小机村〈現 ?
茅ケ崎村〈現 茅ケ崎杉山神社(都筑区茅ケ崎中央)

 【抜粋意訳】

杉山神社

 杉山は須岐夜萬と訓べし

〇祭神 五十猛命、地名記
○在所分明ならず、
地名記云、吉田村字杉山、
式社考云、小机郷小机村、
参考云、茅ケ崎村、孰れかしらず、

 神位 官社
日本後紀、承和月庚戌、武蔵國 都筑郡 山神 之官幣以霊験也、同十五月庚辰、奉授 武蔵國 無位 杉山名神 從五位下

 【原文参照】

国立公文書館デジタルコレクション『神社覈録』著者 鈴鹿連胤 撰[他] 出版年月日 1902 出版者 皇典研究所https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991015

 『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容

 式内社 杉山神社の所在について 朔村 六宮椙山大明神〈現 杉山神社横浜市緑区西八朔町〉sと記しています

 【抜粋意訳】

都築(ツヅキノ)郡一座 杉山(スギヤマノ)神社

 〇按 本書一本、及 續日本後紀、杉をに作る、蓋二字互いに通用ふ、

今 八朔村にあり、六宮椙山大明神と云ふ、神道集、松屋外集、

仁明天皇 承和月庚戌、此の神 霊験あるを以て、官幣に預らしめ、十五年五月庚辰、無位より從五位下く、續日本後紀

 【原文参照】

国立公文書館デジタルコレクション『神祇志料』https://dl.ndl.go.jp/pid/815490著者 栗田寛 著 出版者 温故堂 出版年月日 明治9[1876]

『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承

 式内社 杉山神社の所在について 論社が多く いずれも明証がなく選ぶことができない と記し 様々な諸説を挙げています

・橘樹郡下星川村字大明神前
・橘樹郡鶴見郡
・都築郡茅ケ崎村字宮谷山
・吉田村字杉山
・大棚村字宮脇山
・西八朔村字宮山
谷本
・佐江戸
小机庄

 【抜粋意訳】

都築郡一座 杉山神社

祭神

神位
仁明天皇 承和月庚戌 武蔵國 都筑郡 山神 之官幣以霊験也、同十五月庚辰、奉授 武蔵國 無位 杉山名神 從五位下

社格 

所在
今按 杉山神社と称ふる社 所々にありて何れか實跡ならん詳かならす
橘樹郡下星川村字大明神前と云に社ありて祭神 日木武尊なりと云ひ
又 同郡鶴見郡にも同名同神の社あり
都築郡茅ケ崎村字宮谷山に 高皇産霊神と天日和志命由布津主命を祭れる神社是なりと云ひ
吉田村字杉山には 祭神 五十猛命と云もを實跡とし
大棚村字宮脇山に 日本武尊を祭る社なりとも
西八朔村字宮山に鎮座の神なりとも云り
然るに 猿渡容盛云 父盛章の考に西八朔村に極樂寺と云る真言佛寺の境内にいと幽(カスカ)にて坐す社 かの茅ケ崎吉田などの社よりも中々に故あるべく覚ゆ
其は都筑郡村々には 大かた杉山大神を崇め祭られぬ里なく
市が尾 谷本(タニモト)西八朔(ハツサク)青砥 佐江戸 池邊 吉田 勝田 大棚 茅が崎 上星川 川島 恩田 久保 中山など云村々何れも此社あり なほ此外 橘樹郡久良郡のうちにもあまた所ありて すべて二十五六ヶ所に及ぶと云り

 容盛郡都筑郡中をあまねく尋ね索めつれど此を實跡と定むべき證もなし 茅ケ崎と吉田とは外より聊故づきて覚ゆれど證とすべき事なし 此二つにつぎては 谷本 佐江戸にます社も同じ程にて故ありけなれどすべて無微にして決しがだし西八朔村なるは未だ誰一人實跡と云る人もなけれど 余が考には中々に茅ケ崎 吉田などの社には勝りて故あるべく覚ゆと云れど 是亦明証あらねば如何に共しがたし
姑く附て後考を俟つ 武蔵演路には杉山神社 小机庄にあり 土俗杉山明神と云 茅ケ崎村とあり

 【原文参照】

国立公文書館デジタルコレクション『特選神名牒』大正14年(1925)出版 磯部甲陽堂https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/971155

国立公文書館デジタルコレクション『特選神名牒』大正14年(1925)出版 磯部甲陽堂https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/971155

杉山神社を考える ―過去三〇年の研究実績の紹介― 小股昭』より抜粋

 公益財団法人 大倉精神文化研究所〈平成三十一年(二〇一九)三月二十八日発行〉

 〈考古学から見た杉山神社〉坂本彰なぞの杉山神社に記される内容

 坂本彰は港北ニュータウンの埋蔵文化財の発掘調査に当初から携わり当該地域の考古学研究に数多くの成果を今も発表している

本論考はまず関東地方の神社は、地域と深い関わりをもつ小神社の集合体で、土地の土着神であり、杉山神社も、その中に含まれると説明している。してこれらを信仰する集団は、おそくとも七~八世紀には各地に展開していたものと論じているその上で、港北ニュータウンの発掘調査の成果から都筑区勝田町の杉山神社が本社であると推定している。

 勝田町の杉山神社は中原街道が早淵川南岸の台地に上がる地点に鎮座しこの台地からは発掘調査の結果、歴史時代の集落である勝田原遺跡、綱崎山遺跡が発見されている。勝田原遺跡は奈良・平安時代の竪穴住居址、掘立柱建物址からなる集落址で、近江系の土器、八花鏡(銅鏡)、大型火打鎌など特色ある遺物が出土し、綱崎山遺跡も勝田原遺跡と同時期の集落址である。杉山神社の論社とされる茅ヶ崎社、西八朔社、吉田社にはこうした基礎となる集落が判明しておらず、勝田社を式内杉山社の有力候補と推定するのは、以上の理由によると述べている。

 杉山神社を奉斎したと思われる人々が生活を営んでいた集落が考古学的に明らかにされ、その遺跡の性格から本社を特定する点は大変説得力があり、杉山神社を研究する上で考古学的な研究が必要であると述べた研究者の視点を実践した成果と言えるのではないだうか

 勝田杉山神社(横浜市都筑区勝田町) (hai)」(90度のお辞儀)

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武蔵国 式内社 44座(大2座・小42座)について に戻る 

 

 

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出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかんよごと)は 律令体制下での大和朝廷で 出雲国造が その任に就いた時や遷都など国家の慶事にあたって朝廷で 奏上する寿詞(ほぎごと・よごと)とされ 天皇(すめらみこと)も行幸されたと伝わっています

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出雲国造(いつものくにのみやつこ)は その始祖を 天照大御神の御子神〈天穂日命(あめのほひのみこと)〉としていて 同じく 天照大御神の御子神〈天忍穂耳命(あめのほひのみこと)〉を始祖とする天皇家と同様の始祖ルーツを持ってる神代より続く家柄です 出雲の地で 大国主命(おほくにぬしのみこと)の御魂を代々に渡り 守り続けています

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宇佐八幡宮五所別宮(usa hachimangu gosho betsugu)は 朝廷からも厚く崇敬を受けていました 九州の大分宮(福岡県)・千栗宮(佐賀県)・藤崎宮(熊本県)・新田宮(鹿児島県)・正八幡(鹿児島県)の五つの八幡宮を云います

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行幸会は 宇佐八幡とかかわりが深い八ケ社の霊場を巡幸する行事です 天平神護元年(765)の神託(shintaku)で 4年に一度 その後6年(卯と酉の年)に一度 斎行することを宣っています 鎌倉時代まで継続した後 1616年 中津藩主 細川忠興公により再興されましたが その後 中断しています 

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對馬嶋(つしまのしま)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳』に所載されている 対馬〈対島〉の29座(大6座・小23座)の神社のことです 九州の式内社では最多の所載数になります 對馬嶋29座の式内社の論社として 現在 67神社が候補として挙げられています

-延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)
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