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關神社(亀山市関町木崎)〈二つの式内社・大井神社・片山神社を合祀〉
関神社(せきじんじゃ)は 江戸時代には 熊野三所大権現と呼ばれていました 明治42年(1909)地域の各字の神社を合祀して 關神社と改号しました その時 古厩に鎮座していた二つの式内社①大井神社の論社・大井神社(亀山市関町古厩)②片山神社の論社・八王子祠 (亀山市関町古厩)も一緒に合祀されました
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大井神社の遺跡(亀山市関町古厩)〈大井神社の旧鎮座地(明治42年 関神社に合祀)〉
大井神社の遺跡(おおいじんじゃのいせき)は 史跡 鈴鹿駅跡(すずかのうまやあと)にあった延喜式内社 伊勢國 鈴鹿郡 大井神社二座(をほゐの かみのやしろ ふたくら)とされ ここから北40m程の所には゛都追美井(つつみい)゛〈神社の御神体とされる井戸〉もあります 明治42年(1909)関神社(亀山市関町)に合祀されました
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大井神社(鈴鹿市山辺町)〈延喜式内社 大井神社二座(をほゐの かみのやしろ)〉
大井神社(おおいじんじゃ)は 西に約400mの所に゛山辺の御井(やまべのみい)゛もあり 延喜式内社 伊勢國 鈴鹿郡 大井神社二座(をほゐの かみのやしろ ふたくら)の論社となっています 明治44年(1911)川神社(鈴鹿市河田町)に合祀〈神社合祀令〉された後 地元の熱意によつて昭和26年(1951)3月に再興されました
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江神社(亀山市下庄町)〈二つの延喜式内社の論社①大井神社二座②江神社〉
江神社(えのじんじゃ)は 雨を司る神として 社伝には゛当地は天名川〈中の川〉が流れ 上流は闇淵(くらふち)と称する大沼があって龍神が住んでいた゛と云い 社名を「鈴の宮」〈上社〉と呼び 又 下社もあったとされ これを延喜式内社 大井神社二座としていたと伝わります 又 江神社ともされ 二つの式内社の論社となっています
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加和良神社(鈴鹿市稲生塩屋)〈延喜式内社 加和良神社(かわらの かみのやしろ)〉
加和良神社(かわらじんじゃ)は 創祀は不詳ですが『大安寺資料帳〈天平年間(729~749年)〉』に「高良社」と見え 既にこの頃には祀られており 『延喜式神名帳(927年に成立)』に所載 伊勢國 奄藝郡 加和良神社(かわらの かみのやしろ)とされます 大正11年(1922)゛花の木の宮゛〈古社地〉より現在地に遷座しました
