阿治古神社(あじこじんじゃ)は 延喜式内社 伊豆國 賀茂郡 阿治古神社(あちこの かみのやしろ)の噴火時の避難先とも遥拝所とも云われます 始め網代 朝日山に鎮座 元和元年(1615)字別所より現在地に還祀と云う 又 相殿の來宮は 初め下多賀村中野に鎮座し洪水で 網代村 日寄山に遷座 明治16年(1883)本社に合祀されました

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目次
1.ご紹介(Introduction)
この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します
【神社名(Shrine name)】
阿治古神社(Ajiko shrine)
【通称名(Common name)】
【鎮座地 (Location) 】
静岡県熱海市網代172番地
【地 図 (Google Map)】
【御祭神 (God's name to pray)】
《主祭神》
天照皇大神(あまてらすすめおほみかみ)
《合祀神》
手力男命(たぢからをのみこと)
幡千千姫命(たくはたちぢひめのみこと)
誉田和氣命(ほむたわけのみこと)
《相殿神》
大己貴命(おほなむちのみこと)
少彦名命(すくなひこなのみこと)
【御神徳 (God's great power)】(ご利益)
【格 式 (Rules of dignity) 】
・『延喜式神名帳(engishiki jimmeicho )927 AD.』所載社の遥拝所・三原山噴火時の避難所とも云われる
【創 建 (Beginning of history)】
阿治古(あじこ)神社 社記
〔昭和三十一年 阿治古神社祭典協賛会編纂社記より〕
神紋 三ツ巴
社紋 五三ノ桐御祭神
天照皇大神(アマテラス・スメオオカミ)
手力男命 (タジカラオノミコト)
誉田和氣命(ホムタワケノミコト)
幡千千姫命(タクハタチヂヒメノミコト)
相殿
大己貴命(オオナムチノミコト)
少彦名命(スクナヒコナノミコト)摂社
海積神社〈龍神宮〉 八坂祇園天王社 稲荷社創立
阿治古神社は町を開拓した人たちが鎮守として建て、その後先祖が次々に祀 (まつ )り伝えてきた神社でありますが、何時創立されたかは詳らかではありません。正保三年 (一六四七 )の社記を見ますと、もともと朝日山に祀られていたが現在地に遷 (うつ )されたと記されています。
由緒
天正十八年 (一五九一 )豊臣秀吉は小田原征伐の折、相州押切村 (現在厚木市 )厚木城を攻めるため網代に軍船を出すことを命じ、当村より三十艙が出船しました。厚木城が落ちた後に秀吉は褒美として当神社に祭典の神船並びに神船係りの奉仕者に「流れ瓢箪」(ながれふくベ=ながれひょうたん )の幕染め、帯刀の着用を許しました。今も慣例によってご神船「両宮丸」とその奉仕者は流れ瓢箪印の幕染めを使用いたしております。
社殿
社殿は関東大震災で倒壊し、現在の社殿は大正十五年七月、県費二千九百五十五円の補助を受け、三万五千円をもって建てられました。
例大祭
七月十九日 (宵宮祭 )二十日 (本祭り)、二十一日 (後祭り)の三日間と定められております。御例祭の奉仕者は夜も昼も一切酒を口にせず渡御祭の厳粛なことは我が国でも稀 (まれ )です。その起源は不明ですが、享保七年 (一七二三 )の行列定格等に明確に記されています。
例大祭で奉納される鹿島踊りは熱海市無形文化財に指定されています。
御神船「両宮丸」
豊臣秀吉が許した「流れ瓢箪」の幕染めが使用されます。また「白の吹き流し」は将軍家の御座船「安宅丸」を江戸に曳航した析、水夫として奉仕した網代漁民が浜離宮にて将軍の前で「船歌」を披露した褒賞として徳川家より許されたと伝えられています。
〔・阿治古神社 宮司 杦嵜 賢・阿治古神社護持会長 金子 總之助〕
現地案内より

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【由 緒 (History)】
『豆州志稿』巻之9,明治21~28年に記される内容
式考に 式內 賀茂郡 阿治古神社に式内社に当てているが違う と記しています
【抜粋意訳】
網代村 村社 阿治古神社
祭神 天照大神なりと云
相殿 來宮初め本村 朝日山に鎮座すと云 元和元年(1615)字別所より此地に還祀す〔寛文二年の社記〕
式考に式內 賀茂郡 阿治古神社に當てたれ共 非也〔此地 往昔 田方郡に属す〕社號蓋し此說に従て改稱せるならむ〔正保三年(1646)上梁文あり 〇禰宜 髙橋氏〕相殿 來宫は初め下多賀村中野に鎮座す〔舊址存す〕
後 當村 日寄山に遷し 明治十六年(1883)本社に合祀す〔〇來宮、大己貴命也 多賀より移す。禰宜 松尾氏〕
境內社三
一は天神、八坂、を合祀。
一は琴平、淺間を合祀。
一は稲荷。
【原文参照】

秋山章 著 ほか『豆州志稿』巻之9,栄樹堂,明21-28. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/765148

秋山章 著 ほか『豆州志稿』巻之9,栄樹堂,明21-28. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/765148
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【神社の境内 (Precincts of the shrine)】
・阿治古神社 拝殿

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・〈拝殿向かって右 摂社〉海積神社〈龍神さん〉

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・〈拝殿向かって右奥 境内社〉稲荷社《主》稲倉魂命

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・〈拝殿向かって左 摂社〉八坂祇園天王社《主》須佐之男命

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・〈境内社〉浅間神社《主》大山津見命・金毘羅神社《主》祭神不詳
・石灯籠・慰霊塔

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・社務所

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・社頭

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【神社の境外 (Outside the shrine grounds)】
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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)
この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています
〇『風土記(ふどき)』和銅6年(713)
『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています
『風土記(ふどき)』和銅6年(713)の特徴について
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉
現存するものは全て写本です
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態
〇『六国史(りっこくし)』
奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史の総称
・『日本書紀』養老4年(720)完成
・『續日本紀』延暦16年(797)完成
・『日本後紀』承和7年(840)完成
・『續日本後紀』貞観11年(869)完成
・『日本文徳天皇実録』元慶3年(879)完成
・『日本三代實録』延喜元年(901)完成
〇『延喜式(えんぎしき)』延長5年(927)完成
平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)全50巻 約3300条からなる
『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉
『延喜式(Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂〉
その中でも巻9・10を『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』といい 当時〈927年12月編纂〉「官社」に指定された全国の神社(式内社)の一覧となっています
・「官社(式内社)」名称「2861社」
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」
[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)東海道 731座…大52(うち預月次新嘗19)・小679[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)伊豆國 92座(大5座・小87座)
[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)賀茂郡 46座(大4座・小44座)
[名神大 大 小] 式内小社
[旧 神社 名称 ] 阿治古神社
[ふ り が な ](あちこの かみのやしろ)
[Old Shrine name](Achiko no kaminoyashiro)
【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
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【オタッキーポイント】(This is the point that Otaku conveys.)
あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します
延喜式内社 伊豆國 賀茂郡 阿治古神社(あちこの かみのやしろ)の論社について
・大宮神社(大島町)
・阿治古神社(熱海市網代)〈三原山の噴火避難所とも 遥拝所とも 云う〉
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【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)
この神社にご参拝した時の様子をご紹介します
JR伊東線 阿網代駅から東方向へ約1.1km 徒歩での所要時間は15分程度
車での所要時間は3~5分程度
海岸線を走るR135号で網代の街へと向かいます

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社殿 境内 社頭は北北西を向いています
阿治古神社(熱海市網代)に参着

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一礼をしてから鳥居をくぐり 石段を上がりきると拝殿です

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途中境内があり 社務所などが建っていて 社務所前のサルスベリ(百日紅)の花が咲いています

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拝殿にすすみます

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賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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社殿に一礼をして参道石段を下ります

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【神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)
この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します
『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承
式内社 阿治古神社について 祭神 所在は良くわからないと記しています
【抜粋意訳】
阿治古神社
阿治古は假字也
○祭神在所等詳ならず
【原文参照】

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』下編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991015
『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容
式内社 阿治古神社について 所在は゛今 大島 野增村にあり、大島總鎭守 大宮明神と云ふ゛〈現 大宮神社(伊豆大島 野増)〉と記しています
又゛村の南方二里許 海濱に阿治古と云處あり もと村居ありしが、噴火の為に 今地に移したり゛と記しています
【抜粋意訳】
阿治古(アチコノ)神社、
今 大島 野增村にあり、大島總鎭守 大宮明神と云ふ、〔伊豆式社考証、足柄縣式社取調帳、〕
〔〇按 村の南方二里許 海濱に阿治古と云處あり もと村居ありしが、噴火の為に 今地に移したりと云もの証とすべし、〕阿治古命を祀る、〔延喜式〕
此は三島の神 波布比咩命に娶て坐る第一の御子神也、〔三宅記〕
【原文参照】

栗田寛 著『神祇志料』第12−14巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815496
『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承
式内社 阿治古神社について 所在は゛(伊豆國大島野增村)大島野增村゛〈現 大宮神社(伊豆大島 野増)〉と記しています
又゛野增村南方二里海濱に阿治古とする所ありて 舊此地に村居の有しを噴火の為に埋れて今の地に移したる由 口碑に傳たる゛と記しています
【抜粋意訳】
阿治古(アチコノ)神社 稱 大宮明神
祭神 阿治古神
今按 三宅記に 三島の大神の后神のことを大島に置玉ふ后をば羽分大后とぞ申ける 其御腹に王子二人おはし坐 一人を太郞王子おほい所とぞ申ける 一人をば二郞王子すない所とぞ申ける云々と有て 本島鎭座の神は 此波布大后と此二柱の王子と知らるゝに總鎭守と云ひ 大宮と云ひ 大島明神と稱ふにて此神の太郎王子なること灼然く 野增村南方二里海濱に阿治古とする所ありて 舊此地に村居の有しを噴火の為に埋れて今の地に移したる由 口碑に傳たる據有説にて 古く此神も彼地 鎭座なること知られ阿治古の地名存れるを以て 阿治古命なること疑なく聞ゆと式社考證に云る確證と云べし かくて此神は三島の神の后にます波布比畔命の生ませる第一御子神とみえたり
祭日
社格 (郷社)所在 (伊豆國大島野增村)大島野增村
【原文参照】

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019
阿治古神社(熱海市網代)に「拝 (hai)」(90度のお辞儀)

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