高田寺白山社(北名古屋市高田寺)〈『延喜式』髙牟神社〉

白山社(はくさんしゃ)は 創建年代は不祥ですが 社伝に「延喜神名式 髙牟天神」即ち 延喜式内社 尾張國 春日部郡 髙牟神社(たかむの かみのやしろ)であると伝わっています 又『尾張国内神名帳』に載る「従三位 高牟天神」とも「従三位 小高薗天神」とも云われます

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目次

1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(Shrine name

白山社Hakusan shrine

通称名(Common name)

高田寺白山社たかだじ はくさんしゃ

【鎮座地 (Location) 

愛知県北名古屋市高田寺(たかだじ)屋敷417

〈旧住所 西春日井郡師勝町大字高田寺字屋敷417〉

  (Google Map)

【御祭神 (God's name to pray)】

《主》菊理姫命(くくりひめのみこと)

《配》伊弉冊尊(いざなみのみこと)
   泉守道者(よもつちもりびと/よもつもりみちひと)
※黄泉の国の番人 道の案内人(泉の道の守り人) 

【御神徳 (God's great power)】(ご利益)

【格  (Rules of dignity) 

・『延喜式神名帳engishiki jimmeicho 927 AD.所載社

【創  (Beginning of history)】

『尾三郷土史料叢書』第8編 尾張徇行記. 上,中,下昭和10年(1935)〉に記される内容

尾張徇行記(中)春日井郡之部の中で「髙田寺村 白山社を延喜神名式 髙牟天神と伝わる」と記しています

【抜粋意訳】

尾張徇行記(中)春日井郡之部

大代官支配所春日井郡中村邑目錄

二十三 髙田寺村 白山社

界内五畝前々除

○府志曰、髙牟天神在髙田寺村 今称 白山、
 傳曰 延喜神名式 髙牟天神、本國帳春日部郡從三位 髙牟天神是也、
 集説以 此祠為 小高苑神社、按 倭名抄曰、春日部 高苑 中世称 高田郷、然則 小髙園(コタカソノ)祠 亦当在 此邑、今不可尋、

【原文参照】

愛知県教育会 編『尾三郷土史料叢書』第8編,愛知県教育会,昭和10. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1243508

【由  (History)】

県指定文化財 白山社本殿はくさんしゃ ほんでん

昭和二十九年二月十九日指定

 社伝によると天文十四年(一五四五年)、室町時代の建立とされる。その後、寛永十五年(一六三八年)、延宝六年(一六七八年)、元禄二年(一六八九年)に修理の手が加えられたが、向拝柱こうはいばしら)、斗拱ときょう等に当初の様式手法をよくとどめており、重要な建築物である。

 屋根は柿葺こけらぶききでゆるやかな反りを持つ流造れづくりとなっている。

市指定文化財 高田寺白山社たかだじ はくさんしゃ神楽太鼓かぐらたいこ

昭和六十年九月一日指定

 白山社神楽太鼓の由来については明らかではないが 地元では、明治十年頃から行われていたように伝えられている。毎年、秋の白山社例祭に奉納され、曲目には、宮神楽、かたつるぎ、天車、神明神楽、新車、道行き(高山、如意道行き、雨ふり)の八曲がある。

北名古屋市教育委員会

現地案内板より

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神社の境内 (Precincts of the shrine)】

・〈本殿向かって右 境内社〉4祠あり

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・〈本殿向かって左 境内社〉2祠あり(1祠は合殿)

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神社の境外 (Outside the shrine grounds)】

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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています

〇『風土記(ふどき)』和銅6年(713)
 『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています

『風土記(ふどき)』和銅6年(713)の特徴について
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉

現存するものは全て写本です
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態

〇『六国史(りっこくし)』
  奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史の総称

・『日本書紀』養老4年(720)完成
『續日本紀』延暦16年(797)完成
『日本後紀』承和7年(840)完成
『續日本後紀』貞観11年(869)完成
『日本文徳天皇実録』元慶3年(879)完成
『日本三代實録』延喜元年(901)完成

〇『延喜式(えんぎしき)』延長5年(927)完成
  平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)全50巻 約3300条からなる

『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉

延喜式Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂
その中でも910を『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)といい 当時927年12月編纂「官社」に指定された全国の神社式内社の一覧となっています

「官社(式内社)」名称「2861
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」

[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)東海道 731座…大52(うち預月次新嘗19)・小679

[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)尾張國 121座(大8座・小113座)

[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)春日部郡 12座(並小)

[名神大 大 小] 式内小社

[旧 神社 名称 ] 髙牟神社
[ふ り が な ](たかむの かみのやしろ)
[Old Shrine name]Takamu no kaminoyashiro

【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用

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【オタッキーポイント】This is the point that Otaku conveys.

あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

尾張國の式内社には 高牟神社(たかむの かみのやしろ)が 春日部郡と愛智郡の二ヶ所に所載されています

延喜式内社 尾張國 春日部郡 高牟神社(たかむの かみのやしろ)の論社について

・高牟神社(名古屋市守山区)

・松原神社(春日井市東山町)

・高田寺白山社(北名古屋市高田寺)

・八所神社(豊山町豊場木戸)

・五社神社(春日井市玉野町)

・勝川天神社(春日井市勝川町)

延喜式内社 尾張國 愛智郡 高牟神社(たかむの かみのやしろ)の論社について

・高牟神社(名古屋市千種区今池)

・高針高牟神社(名古屋市名東区高針)

・御器所八幡宮(名古屋市昭和区)

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【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

名鉄犬山線 西春駅から県道62号経由で東へ約2.2km 車での所要時間は5~6分程度

愛知県北名古屋市高田寺にある天台宗の寺院 高田寺(こうでんじ)本尊は薬師如来〉と隣接して 白山社は鎮座しています

高田寺の正式名称は「こうでんじ」ですが 所在地周辺の住所名は「たかだじ」となっています

高田寺白山社(北名古屋市高田寺)に参着

鳥居の向かって右手にある建物は 高田寺(こうでんじ)の本堂です

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鳥居の手前には手水舎があり 初老記念の奉納「亀と龍の手水鉢」があります

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手水舎の隣には屋根付きの土俵があり その奥には 隣接する高田寺の参道や鐘楼があります この土俵も もしかすると高田寺のものかもしれません

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一礼をしてから 鳥居をくぐり抜けて 参道を歩みます

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参道の途中には白山社本殿の案内板が設置されています

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拝殿にすすみます

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拝殿には龍神の彫刻

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賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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拝殿の奥には高床式の本殿が鎮座します
右手には 市指定記念物ツブライシが生えています

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本殿の両脇には 境内社が祀られています

神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承

式内社 高牟神社について 所在は゛山田庄高田寺村に在す、今白山と称す、゛〈現 高田寺白山社(北名古屋市高田寺)〉と記しています

【抜粋意訳】

高牟神社

高牟は多加武と讀り

○祭神詳ならず

○山田庄高田寺村に在す、今白山と称す、〔府志〕

 張州府志云、集説以ニ 此祠爲ニ 小高苑神社、按、和名鈔曰、春日部郡高苑、中世稱ニ 高田郷、然則小高園祠 亦當在ニ 此邑、今不可尋、

類社
 當國愛智郡 高牟神社

神位
 國内神名帳云、從三位高牟天神、〔一本作高見〕

【原文参照】

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』上編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991014

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』上編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991014

『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容

式内社 高牟神社について 所在は゛安食庄瀬古村にあり、高見島天神と云、゛〈現 高牟神社(名古屋市守山区)〉と記しています

【抜粋意訳】

高牟(タカムノ)神社

 安食庄瀬古村にあり、高見島天神と云、〔尾張國式社確定〕

高御產靈尊を祭る、〔本社傳説〕

毎年八月廿五日祭を行ふ、〔愛智縣神社調〕

【原文参照】

栗田寛 著『神祇志料』第12−14巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815496

『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承

式内社 高牟神社について 所在は゛安食村瀬古村〔字高見島〕(東春日井郡坂下村大字瀬古 郷社 高牟神社)゛〈現 高牟神社(名古屋市守山区)〉と記しています

その他の説として 3説を挙げているが証するものがない と記しています
高田寺村白山社゛〈現 高田寺白山社(北名古屋市高田寺)
勝川村下原村にもあり゛〈現 勝川天神社(春日井市勝川町)
豐場村 八所明神゛〈現 八所神社(豊山町豊場木戸)

【抜粋意訳】

高牟神社

祭神 高皇產靈神

 今按 社傳 高皇產靈尊の外に國常立尊 豐斟渟尊 國狹槌尊をも祭ると云へど信がたし 故今とらず

祭日 八月二十五日
社格 村社(明細帳に郷社)

所在 安食村瀬古村〔字高見島〕(東春日井郡坂下村大字瀬古 郷社 高牟神社)

 今按 尾張國式社考に張州府志に高田寺村白山社を高牟神社とするは據もなく高牟と高田とまかふべき地名にも非れば取がたし
 勝川村下原村にもありと云ひ
 豐場村 八所明神なるべしと云説もあれど 何れも證なしと云り

【原文参照】

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019

高田寺白山社(北名古屋市高田寺) (hai)」(90度のお辞儀)

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尾張国 式内社 121座(大8座・小113座)について に戻る

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