大木神社(おおきじんじゃ)は 創建年代などは不祥です もと河曲郡高富村字船塚に鎮座したが 元和年中(1615~24)一村が今の石薬師へ移住 寛永年中(1624~44)当社も該地から今の地へ遷座したと云う「青木ノ明神ノ宮」又は「アヲキ」と云った 延喜式内社 伊勢國 河曲郡 大木神社(おほきの かみのやしろ)の論社です

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目次
1.ご紹介(Introduction)
この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します
【神社名(Shrine name)】
大木神社(Ohoki shrine)
【通称名(Common name)】
【鎮座地 (Location) 】
三重県鈴鹿市石薬師町 2139
【地 図 (Google Map)】
【御祭神 (God's name to pray)】
《主》天照大神(あまてらすおほかみ)
《配》大国主命(おほくにぬしのみこと)
瀬織津姫神(せおりつひめのかみ)
日本武尊(やまとたけるのみこと)
《合》須佐之男命 天児屋根命 大鷦鷯命 火迦具土神 仁徳天皇 保食神 大山祇神
【御神徳 (God's great power)】(ご利益)
【格 式 (Rules of dignity) 】
・『延喜式神名帳(engishiki jimmeicho )927 AD.』所載社
【創 建 (Beginning of history)】
大木神社(おおきじんじゃ)
この神社は式内社(しきないしゃ)といって由緒(ゆいしょ)あるお宮さんです。式内社とは延喜年間(えんぎねんかん)(901-22)の時代に、すでに存在していた神社のことです。正式には「延喜式内社(えんぎしきないしゃ)」といいます。
大木神社は地域の氏神(うじがみ)(鎮守の神)であり、この地で生まれた人の土地の守り神(産土神 うぶすながみ)です。江戸時代頃から氏神も産土神も同じ意味に使われるようになりました。
大木神社には天照大神(あまてらすおおみかみ)ほか九柱(はしら)の神様がおまつりされています。
平成十八年十二月 石薬師地区明るい まちづくり推進協議会
現地案内板より

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明治天皇御差遣 昭和六十年十月 記
延喜式内 大木神社 御由緒
一、御祭神(おまつりしてある神さま)
天照大神(あまてらすおおかみ) 伊勢神宮内宮さまと同じ神さま
須佐之男命(すさのおのみこと) 天照大神さまの弟さま
天児屋根命(あめのこやねのみこと) 祭祀(さいし)を司り給う神さま
大国主命(おおくにぬしのみこと) 大黒(だいこく)さま
火迦具土神(ほのかぐつちのかみ) 火の神さま
瀬織津姫神(せおりつひめのかみ) 罪けがれを祓い清めなさる神さま
日本武尊(やまとたけるのみこと) 景行(けいこう)天皇さまの皇子さま
仁徳天皇(にんとくてんのう) 国民を大変愛された神さま
保食神(うけもちのかみ) 伊勢神宮の外宮さまや京都の伏見の稲荷さまと同じ神さま
大山祇神(おおやまつみのかみ) 山の神さま
蒲冠者範頼公(がまのかんじゃのりよりこう) 遠隔末社さまで速くはなれた上野町の御曹子神社(おんぞうしじんじゃ)に御鎮座(ごちんざ)二、延喜式内社とは
第六十代醍醐天皇の御代延喜時代今から一〇八〇年程前作られた神社台帳に記載されている神社と云う。
三、明治天皇勅使御参拝
明治天皇が都と京都から江戸(東京)へおうつりになり東海道を、お通りの際明治元年九月二十四日勅使 植松少将殿をお差し向けられ幣帛料を御献上遊ばされた名高いお宮。
四、御曹子神社(おんぞうしじんじゃ)
(鎌倉幕府を開いた源頼朝会の弟範頼公を祀る)は古来より病気平癒を祈るに霊験あらたかなので遠近からの参拝者多く自作の弓矢を御祈祷料に添えて奉る。
五、史跡天然記念物
蒲桜(かばざくら) 御曹子神社前 当社管理
椎の森(しいのもり)当神社境内現地案内板より

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【由 緒 (History)】
由緒
勧請の年代、事情共に不詳である。
「鈴鹿郡賦」に、「大木神社ハ青木ノ明神ノ宮ニシテ、今石薬師駅ノ天王社ノ同殿ニ巫ス」とあり、
『三国地志』は、「アヲキト云、其下ニ小祠アリ、いまハ亡シ、俗大日霊ノ習合ニヤ」と記している。
当社明細帳によれば、延喜式神名帳河曲郡22座の1、もと河曲郡高富村字船塚に鎮座のところ、元和年中(1615~24)に、一村が今の石薬師へ宿立ち移住することになり、寛永年中(1624~44)に当社も該地から今の地へ遷座したとある。明治元年御東幸に際しては、御調査の上、勅使植松少将殿が御参拝になり、玉串と幣帛料と奉納されている。
同年、元度合県管轄鈴鹿郡第三区の郷社に被定されたが、同六年に村社列格となった。皇學館大学現代日本社会学部神社検索システム研究会HPより
https://jinja-net.jp/jinjacho-mie/jsearch3mie.php?jinjya=3010
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【神社の境内 (Precincts of the shrine)】
・大木神社 社殿

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・大木神社 社殿 社務所

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・〈境内社〉山ノ神社《主》大山祇神《合》火迦具土神

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・〈境内社〉玉幸稲荷神社《主》保食神

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・神庫・〈境内社〉玉幸稲荷神社

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・〈境内社〉塞神社(さいのかみしゃ)

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・〈拝殿前〉二の鳥居

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・社頭・一の鳥居

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・社頭・忠魂碑《主》護国の英霊

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・〈社頭の広場〉川北元助翁頌徳碑
川北元助翁頌德碑
翁は弘化三年六月十二日鈴鹿郡石薬師村の農家に生まれた。当時村内大小の橋梁は木橋又は土橋であったので朽ちたり洪水で流失したりして困難することが多かった。
翁はこれらの橋を石橋にかけ替えて永久に世人の難儀を除きたいと決意し 明治四十二年より大正三年二月、上田通りの橋梁二ヶ所を完成するまで大小七十余ヶ所の橋梁をことごとく石橋にかけ替え、その徳行は永く後人を潤した。
大正十一年二月十日没
現地立札より

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【神社の境外 (Outside the shrine grounds)】
・〈境外 末社〉御曹司神社(鈴鹿市上野町)
《主》蒲冠者範頼公〈源頼朝の弟の神さま〉
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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)
この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています
〇『風土記(ふどき)』和銅6年(713)
『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています
『風土記(ふどき)』和銅6年(713)の特徴について
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉
現存するものは全て写本です
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態
〇『六国史(りっこくし)』
奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史の総称
・『日本書紀』養老4年(720)完成
・『續日本紀』延暦16年(797)完成
・『日本後紀』承和7年(840)完成
・『續日本後紀』貞観11年(869)完成
・『日本文徳天皇実録』元慶3年(879)完成
・『日本三代實録』延喜元年(901)完成
〇『延喜式(えんぎしき)』延長5年(927)完成
平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)全50巻 約3300条からなる
『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉
『延喜式(Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂〉
その中でも巻9・10を『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』といい 当時〈927年12月編纂〉「官社」に指定された全国の神社(式内社)の一覧となっています
・「官社(式内社)」名称「2861社」
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」
[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)東海道 731座…大52(うち預月次新嘗19)・小679[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)伊勢國 253座(大18座・小235座)
[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)河曲郡 20座(並小)
[名神大 大 小] 式内小社
[旧 神社 名称 ] 大木神社
[ふ り が な ](おほきの かみのやしろ)
[Old Shrine name](Ohoki no kaminoyashiro)
【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
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【オタッキーポイント】(This is the point that Otaku conveys.)
あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します
延喜式内社 伊勢國 河曲郡 大木神社(おほきの かみのやしろ)の論社
・大木神社(鈴鹿市石薬師町)
・長太の大樟(大楠)
〈須伎神社 に合祀された大木神社の旧鎮座地〉
・須伎神社(鈴鹿市長太栄町)に合祀
・大塚神社(鈴鹿市林崎)
・飯野神社(鈴鹿市長太旭町)に合祀
(合祀)〈津萩大木神社(北長太村) 江戸時代は゛老翁殿゛〉
【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)
この神社にご参拝した時の様子をご紹介します
JR関西本線 河曲駅から県道115号経由で北西方向へ約2.6km 車での所要時間は6~8分程
社殿 境内 参道 社頭は東向きです
大木神社(鈴鹿市石薬師町)に参着

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「式内 大木神社」の社号標

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社頭の掲示板には十一月「七五三詣」「新嘗祭」等の貼紙 参拝日は2017/10/19

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一礼をしてから 一の鳥居をくぐり抜け 参道を進みます

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参道の途中に〈境内社〉塞神社が祀られています

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参道を進むと拝殿の正面に 二の鳥居が建ち くぐり抜けます

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拝殿にすすみます 拝殿の向かって右手には・神庫・〈境内社〉玉幸稲荷神社

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賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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出されている「祓詞」

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張り出されている平成二十九年度の祭事表

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拝殿内の奉納絵馬の額

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社殿に一礼をして境内を戻ります

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【神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)
この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します
『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承
式内社 大木神社について 所在は゛南奈古村に在す 背書國史に、堀江村ノ西畠中ニ楠アリ、゛〈現 長太の大樟(大楠)〈須伎神社 に合祀された大木神社の旧鎮座地〉〉と記しています
【抜粋意訳】
大木神社
大木は於保岐と訓べし
○祭神詳ならず
○南奈古村に在す、〔俚諺〕
背書國史に、堀江村ノ西 畠中ニ 楠アリ、勢陽俚諺に、一説に其跡なるべし、社なし大木あり、神祓明神と號すといへり、
【原文参照】

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』上編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991014
『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容
式内社 大木神社について 社名のみが記されています
【抜粋意訳】
大木(オホキノ)神社
【原文参照】

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『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承
式内社 大木神社について 所在は諸説あって判明しない と記し
①゛一は 西林崎村一色村立合にて祀る 産神明細帳に大塚神社゛〈現 ・大塚神社(鈴鹿市林崎)〉゛今度改めて大木神社と注進す゛
②゛又南長太村の西一丁許畑中に字あをきといふ森あり 其地に在たる社を六十年許前に支邑瀬古の産神 熊野社に合併したるを慶應三年に引分て 村ノ西南五丁許の畑中大樟樹のある下に新に小祠を造誉し奉遷したる゛〈現 長太の大樟(大楠)〈須伎神社 に合祀された大木神社の旧鎮座地〉〉
③゛鈴鹿郡石藥師村鞠鹿野地に在る産神天王祠を大木神社とす゛〈現・大木神社(鈴鹿市石薬師町)〉
④゛南長太村の産神髙明神と稱する社の棟札に 慶安元年九月大木神社とある由を載す゛〈現 飯野神社(長太旭町)に合祀 津萩大木神社(北長太町)〈俗称 老翁殿〉〉
と記しています
【抜粋意訳】
大木神社
祭神
祭日
社格所在
今按 本社所在 諸說區々にして分明ならず
一は 西林崎村一色村立合にて祀る 產神明細帳に大塚神社と記せり 廣大の塚山に在る社なれはなり 然るを今度改めて大木神社と注進す 是れ村北に字大木江と云田地あるを以て附會するなれば諾ひ難し又 南長太村の西一丁許畑中に字 あをき といふ森あり 其地に在たる社を六十年許前に支邑 漸古の産神 熊野社に合併したるを 慶應三年に引分て村ノ西南五丁許の畑中 大樟樹のある下に新に小祠を造營し奉遷したる 新社を本に配して大木神社とす 是れ案内記に南長太村五丁許南を過て一本樟あり 是古地なるへしと謂へる臆説に據て猥に作爲せるにて確証あるにあらず 全く あをき に大木を附會するなり 但其 あをき に六十年前にも社なかりし事は三 國地志勢陽雜記拾遺にも あをき には祠なしといへるを知らすして合併の妄説をなすなり信受すべからす
又 北長太村の支邑 小路村の産神八王子祠を本社に配す 正德三年二月の棟札に太木王子殿と注し 又 大才社と鐵にて文字を彫りて朽木に釘せる古額ありと云を讃とすれと 陳札はもと八王子殿とありたるを入墨して八を木に作り太字を加へたるものなり 額は近世の拙作物にて論するまでもなし 永正年中 小路山(ヲヂヤマ)殿と唱ふる津萩明神を合併し小路(ヲオヂ)を大木に混亂するなり從ふへからず
鈴鹿郡石樂師村 鞠鹿野地に在る產神 天王祠を大木神社とす 元石藥師は高飛村と稱して今の地より南東にありしを元和中 今の地に遷りて宿驛となる 其舊趾を古里と唱ふ 其處より三丁許巽に在りたる社を後に産神に合祭す 其社跡を青木大日森と云ひて河曲郡に隷すと云を以て證とすれと 青木と大木と音相近しと云のみにて本社たる明證ある事なし 附會信するに足らず 此余熈近考證に追分村乎とあれど三重郡にて本郡に遠し論に及はず
又 遺響には南長太村の產神 高明神と稱する社の棟札に慶安元年九月 大木神社とある由を載す 高明神とは南長太村の支邑 瀨古の產神 高宮熊野太神と唱ふる祠を謂ふなるべし 然るに其社の棟札を檢するに慶安のものある事なし 併 慶應三年分離の時まで 此社に大木の神を合併したりと云ふを見れは 所由なきにしも非ず 社地編小なれども古色ある形狀なり 猶確證を索むべし
【原文参照】

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019
大木神社(鈴鹿市石薬師町)に「拝 (hai)」(90度のお辞儀)

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