天神神社(小牧市三ツ淵宮前)〈『延喜式』乎江神社〉

天神神社(てんじんじんじゃ)は 以前は三淵の南方にあり 古來 菅生天神と稱されたが 水害の爲め移転 明治元年再び今の地に遷座 『式内社調査報告』に「『尾張國神名帳追繼考』(明治三年)三淵村天神社(現在の小牧市三ッ淵宮前)を乎江神社とする説」があり 延喜式内社 尾張國 春日部郡 乎江神社(をえの かみのやしろ)の論社です

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目次

1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(Shrine name

天神神社(Tenjin shrine

通称名(Common name)

【鎮座地 (Location) 

愛知県小牧市 大字三ツ渕宮前74番地

  (Google Map)

【御祭神 (God's name to pray)】

《主》少彦名命(すくなひこなのみこと)

【御神徳 (God's great power)】(ご利益)

【格  (Rules of dignity) 

・『延喜式神名帳engishiki jimmeicho 927 AD.所載社

【創  (Beginning of history)】

『式内社調査報告第巻』昭和59年に記される内容

『式内社調査報告』に記される式内社 乎江神社の論社の一つとして 岩崎村説があり その説では岩崎村の熊野社を乎江神社と主張してゐる゛〈現 熊野社〈熊野神社の五枚岩〉(小牧市岩崎独山)〉と記しています

【抜粋】

尾張國 春日部郡 乎江神社
【所在】

未詳 (或いは廃絶したものと思はれる。)

當社については、江戸時代以降六社程議論されてゐるが、いづれも式内乎江神社とするには、根據が弱く説得力に乏しい。

〔C〕三淵村天神社(現在の小牧市三ッ淵宮前)

 『尾張國神名帳追繼考』(明治三年)に本社を乎江神社とする説があることを木立英世氏が「尾張國式内社の鎭座地の問題(十一)」(『郷土研究』十五号 昭和

五十二年十月)で紹介してをられる。『東春日井郡誌』『小牧市史』等によれば、本社は以前は三淵の南方にあり、古來 菅生天神と稱されて來た神社であると記してゐる。當社は『尾張國内神名牒』の「從三位菅生天神」に江戸時代以降あてられてをり、又『張州府志』に「天神祀在三淵村、祀少彦名命、寬永八辛丑年 蜂須賀阿波守家政重修之」と記すのみで、乎江神社とする史料は、木立氏紹介の『追繼考』以外見出せない。

【原文】

『式内社調査報告第八巻』著者 式内社研究会編纂.刊行年.昭和59年.出版社 皇学館大学出版部より

【由  (History)】

『東春日井郡誌』大正12年(1923)〉に記される内容

【抜粋意訳】

第三章 沿革 第二節町村の境域及び名称の沿革

尾張本國帳春日部郡に見へたる本郡に係る地名左の如し、

・・・
・・・
・・・

菅生

 菅生はスカフと訓し、國帳に菅生天神といふあり、其の地明かならずと雖も、小牧町大字三ッ淵鎭座 天神社は、舊に菅生天神と呼び.元三ツ淵村南方 東春日井郡と西春日井郡との彊界の邊りにありし由古傳し、其の舊跡今に存すれば此の地ならんか。

【原文参照】

東春日井郡 編『東春日井郡誌』,東春日井郡,大正12. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/978680

【抜粋意訳】

第十一章 第三節 村社 天神社

所在 小牧町大字三ッ淵字宮前七十四番
社格 村社

祭神 少彦名命

例祭日 十月十八日

由緒

 相傳ふ、景行天皇の御代、日本武尊 東夷御征伐の時、従軍したる将士の、後、熱田神宮へ奉仕したる者多かりしが、時に近郷 神社勧請あり、則ち出でて其等の社に仕へたり、此社 其當時の勧請に係れりと、かくて此社 往昔は、今の三ッ淵の南方の地に在りて、菅生天神と稱せしが、水害の爲めに慶長十二年 字新租の地に遷座し、寛永八年三月十五日 蜂須賀阿波守家政 殊に此の社を崇敬して、遂に社殿、拝殿、舞廊等を再建寄せり、慶長十七年三月 其子 阿波守至鎭名古屋城工事落成の時 來拜せしと云ふ、明治元年再び今の地に遷座せり。

 尾張國神名帳に曰く、 春日井郡坐 名神天神地神の部に、従三位菅生天神。
 參考尾張本國帳に曰く、 従三位菅生神社、天神。
 參考本國神名帳集説 春日部郡の部に曰く、 従三位菅生天神。
 尾張國內神名牒 春日井郡二十座の部に曰く、 従三位营生天神。
 張州府志に曰く、 天神祠、在ニ 三ッ淵村、祀ニ 少彦名命、寬永八辛丑年蜂須賀阿波守家政重修之、摂社、諏訪社、八幡社。
 尾張志に曰く、 天神ノ社、三ッ淵村にあり、少彦名神を祭れり、寛永八辛未年蜂須賀阿波守家政修造す、末社諏訪社、八幡社あり。
 尾張地名考に曰く、「松平君山曰」相傳ていはく、少彦名命を齋祀すといふ、摂社に諏訪、八幡の二社あり、寛永年中蜂須賀阿波守家政より修覆す。
 古文書に曰く、

李額上候御事
・・・
・・・
・・・〈以下略 原文参照〉

【原文参照】

東春日井郡 編『東春日井郡誌』,東春日井郡,大正12. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/978680

東春日井郡 編『東春日井郡誌』,東春日井郡,大正12. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/978680

東春日井郡 編『東春日井郡誌』,東春日井郡,大正12. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/978680

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神社の境内 (Precincts of the shrine)】

天神神社 本殿〈三つの社殿〈中央と左右に〉が見える〉

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天神神社 拝所〈三宮とあり 天神社・諏訪社・八幡社のことか?

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天神神社 社殿

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天神神社 拝殿

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・〈境内社〉金刀比羅社《主》大物主命

・〈境内社〉弁財天社《主》弁財天

・〈境内社〉大杉社《主》大杉命

・〈境内社〉津島社《主》素戔嗚尊

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・御神木・蕃塀

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・神橋〈太鼓橋〉

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・神馬・神橋〈太鼓橋〉

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・〈境内社〉忠魂碑《主》護国の英霊

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・二の鳥居

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・社頭・一の鳥居

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神社の境外 (Outside the shrine grounds)】

・〈天神神社(小牧市三ツ淵宮前)の旧鎮座地か?〉天神社(小牧市三ツ淵468

『東春日井郡誌』に記される「往昔は、今の三ッ淵の南方の地に在りて、菅生天神と稱せしが、水害の爲めに慶長十二年 字新租の地に遷座」の場所か?

現在地から南方向へ約900m

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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています

〇『風土記(ふどき)』和銅6年(713)
 『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています

『風土記(ふどき)』和銅6年(713)の特徴について
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉

現存するものは全て写本です
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態

〇『六国史(りっこくし)』
  奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史の総称

・『日本書紀』養老4年(720)完成
『續日本紀』延暦16年(797)完成
『日本後紀』承和7年(840)完成
『續日本後紀』貞観11年(869)完成
『日本文徳天皇実録』元慶3年(879)完成
『日本三代實録』延喜元年(901)完成

〇『延喜式(えんぎしき)』延長5年(927)完成
  平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)全50巻 約3300条からなる

『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉

延喜式Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂
その中でも910を『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)といい 当時927年12月編纂「官社」に指定された全国の神社式内社の一覧となっています

「官社(式内社)」名称「2861
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」

[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)東海道 731座…大52(うち預月次新嘗19)・小679

[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)尾張國 121座(大8座・小113座)

[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)春日部郡 12座(並小)

[名神大 大 小] 式内小社

[旧 神社 名称 ] 乎江神社
[ふ り が な ](をえの かみのやしろ)
[Old Shrine name]Woe no kaminoyashiro

【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用

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【オタッキーポイント】This is the point that Otaku conveys.

あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

延喜式内社 尾張國 春日部郡 乎江神社(をえの かみのやしろ)〈廃絶〉の論社について

延喜式内社 尾張國 春日部郡 乎江神社は〈廃絶〉と伝わっていますが 江戸時代以降 6社程の論社が議論されています いずれも根拠が乏しく確定はしていません

・廃絶と伝えられ 祭祀を継承した神社は明らかではない

・〈参考論社〉八所社(小牧市本庄郷浦)

・〈参考論社〉熊野社〈熊野神社の五枚岩〉(小牧市岩崎独山)

・〈参考論社〉天神神社(小牧市三ツ淵宮前)

・〈参考論社〉八幡社(瀬戸市水北町)

・〈参考論社〉神明社(春日井市大留)

・〈参考論社〉六所神社(名古屋市西区比良)
〈本殿の両脇に2つの式内論社・非多神社・ 大江神社〉

【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

名鉄小牧線 小牧原駅から西方向へ約6.3km 車での所要時間は10~15分程度

小牧駅前から小牧山城跡方面へ向かいます

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小牧山を迂回するように進んでいきました

社頭は南南西を向いています

天神神社(小牧市三ツ淵宮前)に参着

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朱色の二の鳥居をくぐり抜けて 参道を進みます

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境内の入口に石灯籠が建てられています

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向って左手に〈境内社〉が祀られています

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近づいてみると〈境内社〉英霊社です

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続いて 石橋の太鼓橋〈立入禁止〉

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拝殿にすすみます

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拝所は本殿の前に設けられていますので 拝殿を廻り込むように進みます

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賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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拝殿の扁額は「三社宮」

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本殿の前には「天神宮」の札が置かれています

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拝所内の扁額には「天神神社」

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よく見ると本殿が両脇にもあり 確かに三社を祀っている様子です

おそらくは〈三宮とあり 天神社・諏訪社・八幡社のことか?

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社殿に一礼をして 境内を戻ります

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神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承

式内社 乎江神社について 祭神 所在は良くわからないと記しています

【抜粋意訳】

乎江神社

乎江は假字也

○祭神在所等詳ならず

 上田百木は、國帳魚江  一本宇江とあるに依るときは宇乎江にて、互に一字脱せるかと云り、〔連胤〕按るに、當國山田郡 別小江神社もあれば、必脱字にはあるべからず、

類社
 近江國淺井郡、但馬國城崎郡 小江神社、

神位
 國内神名帳云、從三位 乎江天神、 〔一本作ニ 宇江、又 作ニ 魚江、

【原文参照】

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』上編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991014

『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容

式内社 乎江神社について 論社とされているが難しいとして゛本庄村に八所明神あ゛〈現 八所社(小牧市本庄郷浦)〉を記しています

【抜粋意訳】

乎江(ヲエノ)神社、

〔○按 乎江、本書一本、宇江に作り、國内神名帳一本、魚江に作る、之に據、乎江疑らくは宇乎江の誤りならむ○又 本庄村に八所明神あ 山を宇江山と云ひ、社の左の小川を宇江川と云ふは、由縁あるに似たれど、社傳に建武中の建立と云へは、いと新しく証とし難し、〕

【原文参照】

栗田寛 著『神祇志料』第12−14巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815496

『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承

式内社 乎江神社について 所在は記されていません しかし 論社として推定できる幾つかを挙げています
本庄村 八所明神゛〈現 八所社(小牧市本庄郷浦)〉
下大留村なる神明社゛〈現 神明社(春日井市大留)〉
上水野字江山八幡社゛〈現 八幡社(瀬戸市水北町)〉

【抜粋意訳】

乎江(ヲエノ)神社

祭神
祭日
社格

所在

 今按 此社は本庄村 八所明神にて其山を宇江山社の左の小川を宇江川と云へど 社傳に建武年中 肥前 松浦讃岐守建立とあれば 式社にはあるべからず

 篠本庄 下大留村なる神明社と云るもなし
 上水野字江山八幡社と云説あれど は古への山郡なれば從ひがたし
姑く附て考に備ふ

【原文参照】

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019

天神神社(小牧市三ツ淵宮前) (hai)」(90度のお辞儀)

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尾張国 式内社 121座(大8座・小113座)について に戻る

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對馬嶋(つしまのしま)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳』に所載されている 対馬〈対島〉の29座(大6座・小23座)の神社のことです 九州の式内社では最多の所載数になります 對馬嶋29座の式内社の論社として 現在 67神社が候補として挙げられています

-延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)
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