来宮神社(伊豆市八幡)

来宮神社(伊豆市八幡)は 『延喜式神名帳Engishiki jimmeicho)(927年12月編纂)所載社の式内社「杉桙別命神社」の論社です 藤原朝臣祐義公により貞和年中(1345~49)荒廃していた社殿に 来宮大明神を祀ってとも伝わります 鳥居杉が見事です

目次

1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(Shrine name

来宮神社(Kinomiya Shrine)
(きのみやじんじゃ)

 [通称名(Common name)]

八幡来宮神社(はつま きのみやじんじゃ)

【鎮座地 (Location) 

静岡県伊豆市八幡106

 [  (Google Map)]

 

【御祭神 (God's name to pray)】

《主》五十猛命(Itakeru no mikoto)

【御神格 (God's great power)】(ご利益)

【格  (Rules of dignity)

『延喜式神名帳Engishiki jimmeicho)所載社

【創  (Beginning of history)】

創建年代不詳
藤原朝臣祐義公により 貞和年中(1345~49)荒廃していた社殿を再建とも 来宮大明神を祀ってとも伝わります

【由  (History)】

来宮神社のクスノキ

 当社はかつて大見十六ヶ村の総鎮守であったが、それを物語るかのように境内入口に俗称「鳥居杉」と呼ばれる樹齢約400年の大木が中天に突き抜けている。
 本殿裏山への道を、およそ50mほど上った右側に4代目とみられるひこばえのクスノキがそびえている。この元木とみなされるクスノキは500年以上の古木で、表面が多くのコブ状を呈して空洞になっており、子どもが4、5人が立って入れるくらいの広さである。
 その昔、この洞穴に「敵の追手から逃れてひそかに隠れていた一人の武士が、ついに捕えられてしまった」との伝承をもつ歴史を秘めた由緒ある老木である。
 秋の例祭日には、この木の長寿にあやかって、新しい注連縄が飾られ、氏子の長寿と村の無事息災が祈願されている。
 伊豆市教育委員会

境内案内板より

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【境内社 (Other deities within the precincts)】

・山神社天神社
・池の中に 石祠が鎮座

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【境外社 (Related shrines outside the precincts)】

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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

この神社は 由緒(格式ある歴史)を持っています

『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)(927年12月編纂)に所載
(Engishiki JimmeichoThis record was completed in December 927 AD.

延喜式Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂
その中でも910を『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)といい 当時927年12月編纂「官社」に指定された全国の神社式内社の一覧となっています

「官社(式内社)」名称「2861
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」

[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)東海道 731座…大52(うち預月次新嘗19)・小679
[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)伊豆国 92座(大5座・小87座)
[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)賀茂郡 46座(大4座・小44座)
[名神大 大 小] 式内小社

[旧 神社 名称 ] 杉桙別命神社
[ふ り が な ]すきほこわけのみこと かみのやしろ)
[Old Shrine name]Sukihokowake no mikoto no kamino yashiro)

https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
【原文参照】国立公文書館デジタルアーカイブス  延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫

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【オタッキーポイント】Points selected by Japanese Otaku)

あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)(927年12月編纂)に所載の
式内社「杉桙別命神社すきほこわけのみこと かみのやしろ)」の論社

・川津来宮神社〈杉桙別命神社〉(河津町田中)

・来宮神社(伊豆市八幡)

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神社にお詣り(For your reference when visiting this shrine)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

中伊豆にあり 修善寺と伊東の正に中間にあります
修善寺駅から 県道12号を東へ約6.3km 車15分程度

車道路の脇に鳥居が建ち 丸く刈られた植え込みの木々の間を参道が抜けています
来宮神社(Kinomiya Shrine)に参着

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玉垣に囲まれた境内地中に社号標「郷社 来宮神社」とあり 何よりも「鳥居杉」と呼ばれる参道の両脇に鳥居の如く生える杉の巨木が目を引きます

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案内板に説明があります

市指定文化財

八幡来宮(はつまきのみや)神社の鳥居杉(とりいすぎ)

 来宮神社は、南北朝時代、弘和2年(1382年)に荒廃していた社殿が再建されました。
この鳥居杉の樹齢は、約400年以上といわれています。
 むかし、境内には、このような老木が数本あったが、みな、枯れてしまったと、古老は語っております。
 いくたびかの落雷のために、木肌(きはだ)がむき出ていたいたしいほどですが、中天につきぬけてそびえる2本の巨木は、崇高(すうこう)なまでに気い姿を見せています。
大見の里を、永年見守り続けてきた、この老木を大切にしていきましょう。
伊豆市教育委員会  昭和55年度指定

案内板より

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注連縄の掛かる「鳥居杉」の間を一礼をして
拝殿にすすみます

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賽銭をおさめ お祈りをします 
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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拝殿の後ろには石垣があり その上に 本殿の覆い屋見えています

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境内から 鳥居杉見ると 二本だと思っていましたが 一方は根元から分枝して 三本であったとわかりました 参道の石畳み戻り 鳥居抜けて振り返り一礼をします

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神社の伝承(A shrine where the legend is inherited)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

『豆州志稿(zushu shiko)』〈江戸時代 寛政12年(1800)編集〉に記される伝承

古記録は 焼失しているが 式内社の杉桙別命神社と相伝があると記されています

【意訳】

木ノ宮明神  八幡(ハツマ)村

一ノ祠 両扉なり
大見16村の総鎮守と称す
記載みな焼失せり 但し相伝を式内社 杉桙別命なり

正保2年の札に云う 貞和中(1345~49)藤原朝臣祐義公 新宮殿造立と 小池あり

【原文参照】国立公文書館デジタルアーカイブス『豆州志稿』選者:秋山章/校訂者:秋山善政[数量]15冊[書誌事項]写本 弘化04年[旧蔵者]内務省
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000002883&ID=M2018051109165431627&TYPE=&NO=

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『明治神社誌料(Meiji Jinja shiryo)』〈明治45年(1912)〉に記される伝承

貞和年間(1345~49)藤原朝臣祐義公の建造が創建なのか新造なのかどうかは不明だが 500年以上の由緒はあり 古来より 近郷では著名な神社であった
それ故 式内社「杉桙別命神社」に擬せられた と記しています

【意訳】

静岡縣 伊豆田方郡大見村 大字 八幡大坪

郷社 来宮(キノミヤノ)神社

祭神 五十(イタケルノ)

旧と木宮とも記せり 創立年代詳らかならず 但し
豆州志稿「伝云 安元3年 伊東祐清 大見成家を襲う 成家遁れて 当社に潜匿 云々」と見え 正保2年の棟札に 貞和年間(1345~49)藤原朝臣祐義公 新造のよし見えたり 安元3年云々は 志稿既に「信義を知らず」といい 正保2年の宮殿新造が 創建なるや否やは不明にりへども 今より500年前の創建なるは疑うべからずなり
古来 大見16ヶ村の総鎮守にして 社殿は一祠両扉 近郷著名の神社なり
為めに一時 式内社 杉桙別命神社を以って擬せられたり
明治6年9月郷社に列す
社殿は 本殿 應屋を備え 境内は234坪を有す

境内社 山神社 熊野神社 天神社
例祭日 1018

【原文参照】国立国会図書館デジタルコレクション『明治神社誌料』明治45年(1912)著者 明治神社誌料編纂所 編
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1088244映像利用『明治神社誌料』1 『明治神社誌料』2

式内社の杉桙別命神社すきほこわけのみこと かみのやしろ)伝承について

『神名帳考証土代(Jimmyocho kosho dodai)』〈文化10年(1813年)成稿〉に記される伝承

式内社の杉桙別命神社の所在について 田中村に来宮明神〈現 川津来宮神社(河津町田中)〉と八幡(ハツマ)村に 木ノ宮明神〈現 来宮神社(伊豆市八幡)〉の2つを挙げて 八幡(ハツマ)村は 田中村から遷したのではないかと推論を 記しています

【意訳】

桙別(スキホコワケノ)神社

古本スギ
出雲風土記 須佐能宇命 御子 等乎而角比古命
志 当郡 田中村に来宮明神有り 五十猛命を祀る 或いは云う 杉桙別命なりと 川津17村の総鎮守なり
慶長の札に木野大明神とあり 祠傍の古樟樹13抱許 又 膳八の大樹2株あり 末社に小島と云うあり
当社の名「伊豆納付」にも出たり
又 当郡 佐々原比咩神社の坐す 篠原村に蔭山明神あり 衣冠の古神像あり
慶安の札に当所鎮守 木宮大明神 類眷属120社なりとあり 今 蔭山堪解由を祀ると云う 後世 配祀するにや とあり今参考の為にあつめて記す

又 同郡 八幡(ハツマ)村に 木ノ宮明神あり 大見16村の総鎮守 相伝を式内 杉桙別命なりと 正保2年の札に云う 貞和中 藤原朝臣祐義公 新宮殿造立

信友るに
この札の文によれば 貞和年中(1345~49)の新建にて 田中村の来宮を遷せるなるへし 又 那賀郡 熱海村にも 木ノ宮明神あり 或いは云う 五十猛命と称す
政文の記に 弘仁元年 白道明神を祀ると云う

【原文参照】国立公文書館デジタルアーカイブ『神名帳考証土代』(文化10年(1813年)成稿)選者:伴信友/補訂者:黒川春村 写本 [旧蔵者]元老院
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000039328&ID=M2018051416303534854&TYPE=&NO=画像利用

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『神社覈録(Jinja Kakuroku)』〈明治3年(1870年)〉に記される伝承

式内社の杉桙別命神社の所在について 八幡(ハツマ)村に 木ノ宮明神〈現 来宮神社(伊豆市八幡)〉記しています

【意訳】

杉桙別命神社 

杉桙別は 須伎保古和気と訓ずべし
〇祭神 明らかなり
〇八幡(ハツマ)村に在す 今 木宮明神と称す 大見16村の総鎮守なり

伊豆志に「相伝当社は 式内社 杉桙別命なりと 正保2年の札に云う 貞和中(1345~49)藤原朝臣祐義公 新宮殿造立
又 云う
田中村に来宮明神有り 五十猛命を祀る 或いは云う 杉桙別命なりと 川津17村の総鎮守なり 慶長の札に木野大明神とあり 云々
 〇伴信友云う この正保の札の文によれば 貞和年中の新建にて 田中村の来宮を遷せるなるへし と云えり

按るに 新に宮殿を造立とあれば いかにも新建のように聞こえれど ここは宮殿を新たに造営したるなるが 書様の悪しきならん 今に式内社と申伝ふるぞ造なるべき 故に 今は 八幡村の方に従う 尚考えべし

神位 国内神階帳記云 従4位植えほこわけの明神

【原文参照】国立公文書館デジタルコレクション『神社覈録』著者 鈴鹿連胤 撰[他] 出版年月日 1902 出版者 皇典研究所
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991015 『神社覈録』

 

『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)』〈明治9年(1876)完成〉に記される内容

式内社の杉桙別命神社の所在について 田中村に来宮明神〈現 川津来宮神社(河津町田中)〉と八幡(ハツマ)村に 木ノ宮明神〈現 来宮神社(伊豆市八幡)〉の2つを挙げて 八幡(ハツマ)村は 田中村から遷したものであろうと 田中村「来宮明神」に軍配を上げています

【意訳】

杉桙別命(スキホコワケノミコトノ)神社

祭神 杉桙別命

今按〈今考えるに〉
この神を五十猛命と云説あるは 木宮と云うよりの謬なるべし
式社考證に 木野と云うは 地名にして 古く社辺りを木野とも云いたる由 物に見えたれば 木野明神と唱え遂に木宮と唱える事となりたるなれば 只 杉桙別命は ほこわけの明神云う神と心得て妨げあるべからず云える穏やかなり 思うにこも 三島神の御子なるべし

祭日
社格 郷社

所在 (賀茂郡下河津村 大字 田中)田中村
今按〈今考えるに〉
豆州志に 八幡村 木宮明神 大見16村の総鎮守なり 相伝を式内社 杉桙別命なりと 正保2年の札に云う 貞和中 藤原朝臣祐義公 新宮殿造立

又 田中来宮明神あり 五十猛命を祀る 或いは云う 杉桙別命なりと 川津17村の総鎮守なり云々
信友云う この正保の札の文によれば 貞和年中の新建にて 田中村の来宮を遷せるなるへし
式社考證にも 田中村鎮座 木野明神これなり
社記に ほこわけの明神とみえて 古老は然称したる由なるが 神階帳に 従4位上 ほこわけの明神と有るに符合すと云えり 故 今これに従う

【原文参照】国立公文書館デジタルコレクション『特選神名牒』大正14年(1925)出版 磯部甲陽堂
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/971155『特選神名牒』1 『特選神名牒』2

 

『伊豆国式社攷略( Izunokuni shikisha koryaku)』〈明治15年(1882)発行〉に記される伝承

式内社の杉桙別命神社の所在について 田中村に来宮明神〈現 川津来宮神社(河津町田中)〉と 記しています

【意訳】

杉桙別(すぎほこわけの)神社

賀茂郡 田中村鎮座 ほこわけの明神 神階帳及び社伝

旧称 木宮(きのみや)明神これなり 社伝国圓式攷考証注連特選

今云う世に 河津の木宮と称し 神験 著しく明るして衆庶の欽仰浅らざるは 遍称く人の知るご如し

【原文参照】国立公文書館デジタルコレクション『伊豆国式社攷略』萩原正平 著 出版年月日 明15.6  編 出版者 栄樹堂
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/815090『伊豆国式社攷略』

 

来宮神社(Kinomiya Shrine) (hai)」(90度のお辞儀)

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