埼玉県
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金鑽神社(神川町二ノ宮)〈武藏國二之宮〉
金鑽神社(かなさなじんじゃ)は 背後の山全体〈禁足地 御室ケ獄〉を御神体として とくに本殿はなく 自然の山を祀る太古の信仰形態を残しています 社伝には景行天皇の御代 (西曆100年頃 )日本武尊(やまとたけるのみこと)が火打石・火鑽金を鎮め祀ったことを創始とし 延喜式神名帳には武蔵國 兒玉郡 金佐奈神社(名神大)(かなさなの かみのやしろ)と所載の古社です
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瓺か神社〈みか神社〉(美里町広木)
瓺か神社〈みか神社〉(みかじんじゃ)は 創建は不祥ですが 延喜式内社 武蔵国 那珂郡 瓺神社(みかの かみのやしろ)であるとされています 江戸時代の享保八年(1723)に正一位を授けられたと伝えられ 宝暦八年(1758)に建設された境内の碑にも「正一位みかの神社」とあります 古来 旧那珂郡の総社と称されています
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不動寺(寄居町富田)〈小被神社 旧鎮座地〉
不動寺(ふどうじ)は 第27代安閑天皇の朝〈531~536年〉郡家郷(ぐうけきょう)富田鹿(とみたろく)が 富田村字塚越(現在の大聖山真言院不動寺境内)に祠を建て゛小被神゛を祀った〈式内社 小被神社の旧鎮座地〉とされ 平安時代末期には この地を領有した 武蔵七党のひとつ猪俣党一族の武将 不動寺太郎の居館跡であったとも 男衾氏・横瀬氏の館跡とも云われています
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小被神社(寄居町富田)
小被神社(おぶすまじんじゃ)は 第27代安閑天皇の朝〈531~536年〉郡家郷(ぐうけきょう)富田鹿(とみたろく)が 郡内鎮護のため創祀と伝承されます 当初の鎮座地は 現在の不動寺(寄居町富田)の境内地辺りでしたが 天正年間(1573~1591年)この地に遷座しました 延喜式内社 武蔵國 男衾郡 小被神社(をふすまの かみのやしろ)とされます
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妻沼聖天山 歓喜院(熊谷市妻沼)
妻沼聖天山 歓喜院(めぬましょうでんざん かんぎいん)は 治承3年 (1179) 斎藤別当実盛公が 守護神としていた歓喜天を『延喜式神名帳』所載 武蔵國 幡羅郡 白髪神社が祀られていた鎮守の杜゛大我井の森゛に祀り創建されました その後 白髪神社は 聖天社に合祀され 明治維新後 独立分離し 大我井神社として再興しています
