埼玉県
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中山神社(氷川簸王子神社)
中山神社(なかやまじんじゃ)〈氷川簸王子神社〉は 大宮氷川神社(大宮区)・氷川女体神社(緑区)とともに 3神社で一体の氷川神社を形成していたという説があります ちょうど3社の中間に鎮座するので かつては別称として中氷川神社とも呼ばれました
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多氣比賣神社(桶川市)
多氣比売神社(たけひめじんじゃ)は 創建年代は不詳ですが 社伝によれば 第3代安寧天皇の御代の創建と伝えられます とすれば2500年程は前の鎮座となります 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載の武蔵国足立郡「多氣比賣神社」に比定される格式の高い古社です
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氷川女體神社(さいたま市緑区宮本)
氷川女体神社(ひかわにょたいじんじゃ)は 武蔵国有数の古社で 見沼に突き出た小舌状台地の上に鎮座しています 一説では 当社(女體社)と 大宮区高鼻町の大宮氷川神社(御祭神:須佐之男命・男体社)と 見沼区中川の中山神社(御祭神:大己貴命・王子社)の三社を合わせて 武蔵国一之宮と称されていたとも伝えられています
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奈良神社【旧跡】& 横塚山古墳(熊谷市)
奈良神社【旧跡】は 社伝にある「奈良神社の境内から忽然として水が湧き出し これにより600余町歩が水に恵まれた水田となった」と伝わる場所(本殿から東北500m程)に石碑「延喜式内 奈良神社 和銅四年 涌泉地 舊蹟」が残っています 又 社伝には 奈良別命の墓所であるという伝承が残る古墳(本殿から東北1km程)があります
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奈良之神社(熊谷市中奈良)
奈良神社(ならじんじゃ)は 御祭神「奈良別命(ならわけのみこと)」の名残りから 鎮座地も中奈良(熊谷市)といいます 創建は 第16代 仁徳天皇の卸代〈1600年程前〉奈良別命は 下野国の国造の任の後 この地に その徳によって荒地を拓き美田を墾し 人々の発展と安住の地を造られた そのため郷民がその徳を偲んで建立したと伝わります その後中世に 熊野社に社名を変えて存続 江戸後期になり 王政復古の思想興隆により 社名を古代の奈良神社に復したとあります
