奈良県

一尾背神社〈通称゛水分さん゛〉(五條市北山町)

一尾背神社(いちおせじんじゃ)は 創建について年代等は不祥ですが その歴史は古く 延喜式内社 大和國 宇智郡 一尾背神社(ひとをせの かみのやしろ)とされます 江戸時代以前は゛水分社゛と称し 現在も通称゛水分さん゛と呼ばれ 里人から篤い信仰があります

高天山佐太雄神社(五條市大澤町)〈延喜式内社「高天三座」の一つ〉

高天山佐太雄神社(たかまさたおじんじゃ)は 金剛山の尾根を、千早峠に向かう途中の神福山 (七九二メートル )の頂上に鎮座します 金剛山(kongo san)山麓に東から南に並び鎮座する式内社「高天三座」の一つ 延喜式内社 大和國 宇智郡 髙天山佐太雄神社(鍬)(たかまのやまさたをの かみのやしろ)とされます

〈大和神社御旅所〉御旅所坐神社〈大和稚宮神社〉& 齒定神社(天理市中山町)

〈大和神社御旅所〉御旅所坐神社(おたびしょにますじんじゃ)〈大和稚宮神社〉&歯定神社(はじょうじんじゃ)は 第10代 崇神天皇が 地主神・倭大国魂神(やまとおおくにたまのかみ)の斎女として勅した 皇女 ゛淳名城入姫命(ぬなきいりひめのみこと)の御墓゛と伝える前方後円墳゛大塚山゛の南麗にある大和神社の御旅所に鎮座します

大和神社(天理市新泉町)〈大和坐大國魂神社三座(並名神大 月次 相嘗 新嘗)〉

大和神社(おほやまとじんじゃ)は 延喜式内社 大和國 山邊郡 大和坐大國魂神社三座(並名神大 月次 相嘗 新嘗)です 創建は 第十代崇神天皇の御代 宮中内に天皇と同殿共床で奉斎の二大神(天照大神・大地主大神)の神威を畏れた爲 大地主大神を皇女 淳名城入姫命に勅し 市磯邑に移されたのが始りと伝わります

白堤神社(天理市長柄町)〈延喜時内社 白堤神社の論社〉

白堤神社(しろとりじんじゃ)は 江戸時代以前は゛白鳥明神゛と称し゛日本武尊゛が祀られていました 一方で゛白堤氏゛の氏神との説もあり 創建年代などは不祥です 旧鎮座地は南池〈白鳥池〉と呼ばれる堤の上にあったと伝わります 延喜式内社 大和國 山邊郡 白堤神社(しろつつみの かみのやしろ)とされます

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