奈良県

鏡作神社(三宅町石見)〈『延喜式』鏡作坐天照御魂神社〔大月次新嘗〕〉

鏡作神社(かがみつくりじんじゃ)は 社伝には「当社は延喜式内社にして 石凝姥命を祀る古社である」とあるが 荒廃していたものを昭和48年(1973)浄財をつのり造営したとしています 延喜式内社 大和國 城下郡 鏡作坐天照御魂神社〔大月次新嘗〕(かかみつくりにます あまてるみたまの かみのやしろ)の論社です

鏡作坐天照御魂神社(田原本町⼋尾)〈『延喜式』鏡作坐天照御魂神社〔大月次新嘗〕〉

鏡作坐天照御魂神社(かがみつくりにます あまてるみたま じんじゃ)は 第10代崇神天皇の御世 三種神器の一つ「八咫鏡」を笠縫邑〈伊勢神宮の起源〉にお祀りする際 皇居にお祀りする新たな御鏡を鋳造したのが 鏡作神社を中⼼とした鏡作の匠で この時 試作鋳造された御鏡を「天照国照⽇⼦⽕明命」としてお祀りされています

冨都神社(磯城郡田原本町富本)〈『延喜式』富都神社〔鍬靫〕〉

冨都神社(ふつじんじゃ)は 創建年代等は不祥です 由緒を明確にする資料もありません 延喜式内社 大和國城下郡 富都神社〔鍬靫〕(ふとの かみのやしろ)に比定されていますが 地名「富本(とんもと」の文字が「富(ふつ・とみ)」と物部氏に通じるとの根拠としているらしく 確かな証はないとされています

鏡作伊多神社(磯城郡田原本町宮古)〈『延喜式』鏡作伊多神社〉

鏡作伊多神社(かがみつくりいたじんじゃ)は 神社の東北にある池゛宮古池゛が かつて享保年間(1716~1736)迄は 字はを「伊多の坪」と呼ばれた地であったが その後 池となったと伝わり この「伊多」の地名が延喜式内社 大和國城下郡 鏡作伊多神社(かかみつくり いたの かみのやしろ)の論社の論拠とされています

鏡作伊多神社(磯城郡田原本町保津)〈『延喜式』鏡作伊多神社・富都神社〔鍬靫〕〉

鏡作伊多神社(かがみつくりいたじんじゃ)は 本殿が二祠〔南本殿・北本殿〕があり 南本殿は伊斯許理度賣命を祀る 延喜式内社 大和國城下郡 鏡作伊多神社(かかみつくり いたの かみのやしろ)の論社です 又 北本殿は宇摩志摩遅命を祀る 延喜式内社 大和國城下郡 富都神社〔鍬靫〕(ふとの かみのやしろ)の論社とされています

Copyright© Shrine-heritager , 2026 All Rights Reserved.