長野県

越智神社(中野市越)

越智神社(おちじんじゃ)は 口碑によれば 天武天皇 白鳳13年(684)の勧請 往古 越智山の頂上に鎮座し その嶺が険しく里社を造営し後 現地に奉遷 旧地には石祠を建て天神社と称し 旧越村の産土神である 即ち延喜式神名帳に高井郡 越智神社とあるはこれなりとする 式内社の論社です

越智神社(須坂市幸高)

越智神社(おちじんじゃ)は 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載「信濃國 高井郡 越智神社」の論社です 湧水池の多いこの地に移住した越智氏の祖神 饒速日命を産土神として 後 諏訪神 建御名方神を勘請し神社名を諏訪大明神とし 寛延3年(1750)神社名を越智神社に改め 延喜式内社として今日に至ります

笠原神社(中野市大字笠原字下河原)〈延喜式内社〉

笠原神社(かさはらじんじゃ)は 延喜式内社です 元々は現在地より東北300mほどの字天神前に鎮座しましたが 寛文11年(1671)湯交川〈夜間瀬川〉の大洪水により社殿を流失 その後 祭祀を委ねた若宮八幡宮が笠原神社の額を掲げたが 江戸寺社奉行の決裁で笠原村の勝訴となり 文化12年(1815)現在地に再建

伊豆毛神社【旧鎮座地】(長野市豊野町)

伊豆毛神社【旧鎮座地】は 八雲台古墳の上に鎮座しています 里俗の口碑によれば 太古には水内海の沿岸に在ったとされ 大湖の水理に関連する出雲族の神社とも考えられます『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載の古社で 大永3年(1523)上伊豆毛(八雲台)から 下伊豆毛の現在地に遷座しました

伊豆毛神社(長野市豊野町)

伊豆毛神社(いづもじんじゃ)は 大永3年(1523)上伊豆毛(八雲台)から 下伊豆毛の現在地に遷座した『延喜式神名帳』(927年12月編纂)所載の古社です 里俗の口碑によれば 神代には水内海の沿岸に在ったとされ 大湖の水理に関連する神ともされます

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