名神大社〈延喜式内〉
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気多大社(羽咋市)能登国一之宮「入らずの森」の社
氣多大社(けたたいしゃ)は 北陸の大社として朝廷からの尊崇も厚く 文献に最初に登場するのは『万葉集』大伴家持が 越中国守として赴任の時〈天平20年(748)〉能登を巡行し「気太神宮」に赴いたとの歌がみえ 927年12月編纂の『延喜式 巻3 臨時祭』では名神大に列している由緒ある古社です 大正時代に国幣大社に列したことから 現在は「気多大社」として親しまれています
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玉﨑神社(中原)「玉前神社(一宮町)」の本宮であると云われます
玉﨑神社(たまさきじんじゃ)は 長生郡一宮町の玉前神社(一宮町)の本宮であると云われています 1200年以上前に 西方より渡ってきた物部氏一族が 和泉浦に創建した歴史ある古社で かつては安房神社 香取神社と並び房総の3大神社と称されたと伝わります 現在でも9月13日に行われる十二社祭りの本宮にあたります
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玉前神社(一宮町)〈『延喜式』玉前神社(名神大)『三代實録』玉崎神〉
玉前神社(たまさきじんじゃ)は 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載の名神大社です 上総国一之宮で格式高い由緒を持ちます 永禄年間(1558~1570)大きな戦火にかかり 社殿・宝物・文書の多くを焼失し 創建の由来や年数 又 名称等が不祥で 神武天皇の御代 あるいは 景行天皇の御代の創立と伝えられます
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安仁神社(岡山市)〈元 備前国 一之宮〉
安仁神社(あにじんじゃ)は 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載の名神大社です 備前国の総鎮守とされ 備前国の 元 一之宮で(現 一之宮は吉備津彦神社)創建から2600年以上とも伝えられる岡山県内でも屈指の古社であり 格式の高い大社とされています
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和多都美神社(対馬市豊玉町仁位字和宮)〈延喜式内社 和多都美神社(名神大社)〉
和多都美神社(わたつみじんじゃ)は 伝承によれば 山幸彦(彦火火出見尊)が 豊玉姫命を妃として留まったワタツミノ宮の古跡され 古くから竜宮伝説が残ります 社殿裏手の深い森の中に 磐座〈豊玉姫の墳墓〉があり 本殿から正面へと海へ向かって海中に鳥居が建ち 満潮時にはまるで海に浮かぶ竜宮城のような神秘的な光景が広がります
