名神大社〈延喜式内〉
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聖母宮(壱岐市勝本町勝本浦)
聖母宮(しょうもぐう)は 神功皇后〈仲哀天皇9年(200)10月〉が壱岐に着き 順風を待たれたこの地を「風本・かざもと」と名付けられ三韓へ出兵された 三韓からの帰路再び立ち寄られ〈同12月〉出兵の勝利を祝い「勝本・かつもと」と改められたと社伝にあります 壹岐郡の二つの式内社〈・中津神社(名神大)・手長比賣神社〉の論社となっています
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天手長比売神社跡(壱岐市郷ノ浦町)
天手長比賣神社跡(あまのたながひめじんじゃあと)は 延宝4年(1676)平戸藩命で式内社調査を国学者の橘三喜が行い 鎌倉時代の元寇により荒廃し その後廃絶 所在不明だった天手長比賣神社を 物部邑の五所姫大明神幡宮・姫大明神と呼ばれていた当社に推定し比定したもので〈昭和40年(1965)天手長男神社に合祀〉され 現在は跡地です
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天手長男神社(壱岐市郷ノ浦町田中触)〈壱岐嶋一之宮〉
天手長男神社(あまのたながおじんじゃ)は 鎌倉時代の元寇により荒廃 その後廃絶し 所在も不明となっていました 延宝4年(1676)平戸藩主の命により藩の国学者 橘三喜が 現地の地名「たなかを」から(たながお)推定し比定したものです それ以前は 天手長男神社の由緒は無いとされていた 櫻江村 若宮と云われた式外社でした
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香取神宮 奥宮(香取市)
香取神宮 奥宮(おくのみや)は 御祭神として 経津主大神の荒御魂を祀ります 香取神宮の境内域は「亀甲山(かめがせやま)」と呼ばれる台地に鎮座していて その頂上付近を通る香取神宮の旧参道の中程に 奥宮は鎮座しています 現在の社殿は 昭和四十八年伊勢神宮御遷宮の折の古材に依るものです
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香取神宮(香取市)下總國一之宮
香取神宮(かとりじんぐう)は 『延喜式神名帳927 AD.』の中で「神宮」の称号を持つ 3所〈伊勢大神宮・香取神宮・鹿島神宮〉の一つです その所載には 下緫國 香取郡 香取神宮(かとりの かむのみや)(名神大 月次 新嘗)と記され 古来国家鎮護の神としての官幣大社です 又 人々の崇敬を集める下總國一之宮です
